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薬害肝炎九州訴訟原告団は、現在47名です。
2006年8月30日の福岡判決の対象原告は18名。そのうち、実名公表原告は5名と全国最多です。
実名公表原告以外の匿名原告も、さまざまな形で取材に応じ、講演を行うなど支援者との連携を図っています。
支援活動が全国でも1、2を争うほど活発なのは、この原告団自らの活動の成果に他なりません。
匿名原告さんの素顔をご紹介できないのは残念ですが、ここでは6名の実名公表原告さんの素顔をご紹介します。
なお、九州原告団は、積極的にマスコミの取材や講演会を受け付けています。
取材や講演をご希望の方は弁護団事務局までご連絡ください(092-735-1193 平日9時〜18時)。
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九州訴訟原告番号1番の山口美智子さん。 全国5地裁で審理される薬害肝炎訴訟において、全国で初めて実名を公表。その後の実名公表原告の流れを作った。 法廷では、数年にわたるインターフェロン闘病のすさまじさを証言した。 現在、薬害肝炎全国原告団の代表を務め、全面解決へ向けて奔走する毎日。 |
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九州訴訟原告番号10番の小林邦丘さん。 山口さんに続いて、二人目の実名公表を決意した。小林さんが実名公表する決意を表明したとき、山口美智子さんは大粒の涙を流した。その涙を見て、小林さんは実名公表原告のプレッシャーのすさまじさ・責任の重さを感じたという。 九州学生の会など支援者との活動に全力を注ぐ。 |
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九州訴訟原告番号15番の福田衣里子さん。 長崎で弁護団主催の医療講演会を行ったとき、原告になることを決意した。全国原告で始めて手記を公表するほか、ブログでもその文才を披露している。 大阪判決が国の責任を否定した、クリスマシンの被害者。クリスマシンの法的責任が認められるまで、その闘いは終わらない。 |
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九州訴訟原告番号17番の出田妙子さん。 山口美智子さんと同じ病院で、同じ時期にフィブリノゲンを投与され、C型肝炎に感染。弁護団主催の熊本医療講演会で、山口美智子さんと再会し、訴訟を決意した。そのたんたんとした、しかし熱い語り口は、人の心を捉えて離さない。 熊本・大分の支援者達と二人三脚で、支援の輪の広がりに力を注ぐ。 |
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九州訴訟原告番号12番の手嶋妙子さん。 九州訴訟で5人目の実名公表原告。 現在、アメリカで生活を送っている。アメリカという実力至上主義の社会で、C型肝炎というハンディーキャップを追った苦悩を法廷で実直に語った。 アメリカ人のご主人と来日し、証言直後に、実名を公表して闘うことを決意した。 |
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九州訴訟原告番号35番の吉田かよ子さん。 2006年8月25日吉田さんは全国一斉提訴に加わり、実名公表を決意しました。 81年2月、長男を出産した際に出血があり、フィブリノゲンを投与されます。3か月後には倦怠感を感じて肝炎に感染したことが判明。その後はインターフェロンを2回実施するも治癒せずに現在も慢性肝炎で苦しんでいます。 |
「雨上がりの風」が吹いて 昨年の夏の陣(大阪判決・福岡判決)から歩みを止めることなく、東京判決まで突っ走ってきた。三度目の判決では、ホップ・ステップ・ジャンプできるものと期待しながら。そして、過去に厚労大臣との面談拒否という苦い仕打ちを二度受けても、僅かな望みながらも今度こそはと。 私たちは、みたび勝訴判決という武器を手にして不退転の決意で臨んだ座り込みではあったが、柳沢厚生労働大臣の不誠実な態度に、胸中は土砂降りの涙が流れていた。3日目の朝、日比谷公園にも強い雨が降った。マイクを握る私たちを容赦なく濡らした後、暖かい日が差し始めた。 来週も座り込み続行か、はたまた首相官邸強行突破かと覚悟を固めていた頃(午後4時過ぎ)、遂に風が吹いた。 ![]() この追い風に乗って、全面解決という目標を獲得するまで走り続けなければいけない。 闘いはまだまだ続けばゴールまで 手繰り寄せたし春をわれらに そして弁護団の先生方、お疲れ様でした。 とりわけ東京弁護団の先生方、判決前から東京行動の手配りや気配りは大変だったことと思います。何せ、全国から多くの原・弁・支が東京に集結するのですから、マスコミや世間の目も東京に集注しました。 これまでの4年半、弁護団の先生方を信頼して闘ってきたからこそ、私たち原告団もやっと心地よい風にあたることができました。ありがとうございます。 これからは、全国の原・弁・支が更に一丸となって闘う時がきました。ゴールまで、原告団の伴走をよろしくお願いします。 薬害肝炎全国原告団代表 山口美智子 |