古賀克重法律事務所ブログ

福岡県弁護士会所属弁護士 古賀克重(こが かつしげ)の活動ブログです。

長崎中3いじめ自死訴訟で和解が成立、両親は加害生徒との対話を訴え

◆長崎中3いじめ自死訴訟とは

 長崎いじめ自死訴訟とは、中学生3年生がいじめを苦に自殺したため遺族が学校を運営する町・県を被告として長崎地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起した事案です。
9月4日に和解が成立しましたが、私も遺族側弁護団として訴訟に係わりましたので触れたいと思います。

 2014年1月8日、長崎県新上五島町の町立奈良尾中学校3年生だった松竹景虎君(当時15歳)が自死しました。
 景虎君が中学校3年生になると複数の同級生から露骨な言動を受けるようになります。
 授業中に挙手すると、「出しゃばっている」「エラそうにしている」「調子に乗っている」と言われるほか、「キモイ」「ウザイ」「死ね」などと言われ、学級内で孤立していきました。
 景虎君は教頭に「今までのように手を上げて発表していいだろうか」と訴えたり、クラスで実施された生活アンケートの中で「景虎君の存在が気になる」と書いた生徒がいたりしましたが、景虎君の思いがくみ取られることはありませんでした。
 そして夏休み後は景虎君に対する悪口は激化していき、景虎君は7月、友人2人に「学級になじめていない」と訴えたり、夏休みの宿題として「空気」と題するいじめをテーマにした作文を取り上げました。

 例えば、友達から「あの人嫌い。あなたもでしょ?」と言われたら「いいえ」と答える勇気があるだろうか。そうほとんどの人が自分が嫌われないように生活しているのだ。さきほどのような会話が数人の間で成立してしまえば、いじめが発生してしまうのだ・・
 いじめの原因は何かを伝えよう。それは「空気」だ・・
 これが目に見えないものだから恐ろしい。いじめをしなければ自分がやられてしまうという空気、いじめに参加しないといけない空気。そう、いじめの加害者・主犯格でさえも空気によって動かされているのだ(「空気」より)

 2学期になると悪口は激化し、学校への連絡帳「あゆみ」にも「キモ」「きえろー」「4ネ」などと落書きされ、景虎を心配する同級生から担任に対して「景虎が悪口を言われて困っています」との訴えもあったが、学校側が真摯に対応することはありませんでした。
 そして2014年1月8日、景虎君はいつものように両親に「行ってきます」と声をかけて自宅を出た後、奈良尾グラウンドのトイレの外側で首を吊った状態で発見されました。

 町側は第三者委員会がいじめと自死との因果関係を認めた後も、示談を拒否していましたが、訴訟では一転して概ね事実関係と法的責任を認める展開になっていました。
 そして裁判所が和解勧告を出して、原告被告がそれぞれ検討・協議を継続した結果、2017年9月4日の期日で和解が成立したものです。
 

◆和解の内容

 和解の内容は、被告である町・県がいじめの存在、そしていじめと自死の因果関係を認めた上、和解金4000万円を支払うもの。

 訴訟前にスポーツ振興センター災害給付金から2800万円が支給されており、損益相殺した後の和解金ですから、ほぼ遺族の請求が認められたことになります。
 平成28年10月31日が第1回期日でしたから、証拠調べなしに10か月で解決したことになり、この種の裁判としてはかなり早期に解決しました。
 またいじめ自死の事件としては家族の過失相殺も問われず、金額的にも今後のモデルケースの一つになるでしょう。

◆遺族の思い

 このように早期解決に至った一方、遺族には心残りもありました。
 それは学校・町・県が訴訟では責任を認めたため、加害児童らの尋問が行われなかったことです。遺族としては、「息子に何があったのか」「加害児童は今どう思っているのか」・・それを知りたいというのも訴訟の大きな目的だったからです。

 景虎君のお父さんは最後の法廷で次のように意見陳述しました。

1 けじめと感謝
 松竹景虎の父です。この裁判を和解という形で終わらせるにあたり、今の思いを述べさせていただきます。
 まずは、裁判所をはじめ、ご尽力いただいた皆さまに感謝申し上げます。
 この裁判が終わっても、景虎が帰ってくるわけではありません。希望に満ち溢れた宝物のような我が子を、突然失った悲しみが癒えることもありません。
 しかし、いじめを見逃した学校の責任を、新上五島町と県とが自ら認める形で和解ができ、遺された者として、景虎のために、ひとつ大きなけじめをつけてやれたのではないかと思っています。
 景虎がいじめられていた事実と助けてやれなかった後悔を、勇気を出して話してくれた数人の同級生にも、この場を借りて感謝の気持ちを伝えたいと思います。

2 悪口、無視、嫌がらせも重大ないじめであること
 私たちがこの裁判を起こしたとき、周りからは「暴力を伴わないいじめだと、自殺の原因と認められないのではないか」「学校の責任を問うのは難しいのではないか」と言われました。
 しかし、今回の和解で、暴力を伴わない悪口、無視、嫌がらせも正真正銘のいじめであることが確認されました。それが、人ひとりを死に追い込むほど重大なことで、それを見逃すことは高額の賠償責任を負わせられることも、書き込まれました。しかも、そうしたことを学校自身が自ら認めたのです。
 いま、現実に起こっているいじめは、景虎がされたような、悪口、無視、ラインなどを使った嫌がらせなどが多いと聞きます。
 こうしたいじめも重大な問題なのだ、と全国的に共有されれば、今を生きている子どもたちの意識や学校現場のあり方にも影響を与えるのではないでしょうか。そして、第二の景虎を生まない社会にするための一歩になるのではないかと期待しています。
 景虎も、きっとそれを望んでいると思います。

3 過失相殺が不問とされたこと
 裁判の中で、被告町は、景虎がいじめに悩んでいることに気づかなかった私たち親にも落ち度があるとして、過失相殺を主張していました。しかし、今回の和解では、過失相殺は認められていません。
 親思いの景虎は、私たちに、いじめのことを直接話すことはありませんでした。落ち込んだ素振りすら、一切しませんでした。いじめは学校で起きていたことであり、誰も私たちに教えてくれませんでした。
 それでも、「なぜ気づいてやれなかったのか」
 それは、あの日から繰り返し自分たちに問い続けてきていることであり、私たち夫婦は、この後悔を一生背負っていくでしょう。
 今回、過失相殺が不問とされたことは、一生悔い続けながら、それでも景虎の分まで生き続けようとしている私たちに、勇気を与えていただきました。この和解のような、遺された者たちの生きなおしをも踏まえた解決の在り方が、全国的にも共有されますよう、強く祈っております。

4 クラスメイトであった皆さんたちへ
 今日で、裁判は終わります。しかしながら、私たち遺族のなすべきことは、これで終わりではありません。
 一例として、被告町は、第三者委員会の報告書の全文を町のホームページに掲載することに消極的意見を述べております。しかし、この和解の意義を十分に活かされるために、また町民に正しく景虎に起こったことを理解いただくために、全文の掲載は不可欠です。私たちは、これからもあきらめずに、求め続けていく所存です。
 景虎のクラスメイトであった生徒さんたちにも、是非、お伝えしたいことがあります。
和解の条項には、いじめていた元生徒たちへの損害賠償請求権を、私たちが放棄するとあります。被告としていない元生徒たちのことについてまで、敢えて、言及したのに2つの意味があります。
 1つは、直接の加害者であるとはいえ、元生徒たちにお金で償ってもらおうなどとは思っていないことを、改めて確認したという意味です。
 2つは、だからこそ、元生徒たちから直接話を聞きたい。それが私たち夫婦にとって、一番の願いであることの表明です。
 あの日から3年半が経ちました。私たち夫婦は、いまだに景虎の死を認めることができていません。もし景虎が戻ってきたら、そのときに、クラスメイトが笑顔で出迎えてくれ、先生方も「もういじめはないよ、心配しないで良いよ、ちゃんと見守るからね」と笑顔で励ましてくれる。景虎がいつ戻ってきても良いように、そう願いながら、教室の環境を作り直してくれる。私たち夫婦は、この夢だけを、これまでずっと追い求めてきました。
 景虎は本当に優しい子でした。遺書も残さず、いじめられていたことがわかるようなラインの履歴も全て自分で削除し、この世を去りました。空気の作文にも書いている通り、自分のことをいじめていたクラスメイトたちを、恨みながらではなく、許しながら逝ったのだと思います。
 我が子がいじめられていたという話を聞くのは、親として辛いものです。それでも、遺された者として、景虎の身に何があったのかを知り、それを乗り越えて、いじめていた子どもたちの将来のためにも忘れてやりたい。そのためにも直接話が聞きたいと思っています。
 元生徒の皆さん。どうか、私たち遺族の呼びかけに答え、対話に応じてください。
 これからも、私たち夫婦は、対話を求め続けることを表明して、裁判の区切りとさせていただきます。

 そしてご両親は和解成立後の記者会見でも、加害者の同級生らに向けて「成人式の日には、亡くなった場所に息子の迎えに行って欲しい」と訴えました。
 裁判が解決してもご両親の思いは残ったままです。
 加害者の同級生の一人にでも両親の訴えが届くことを願います。