古賀克重法律事務所ブログ

福岡県弁護士会所属弁護士 古賀克重(こが かつしげ)の活動ブログです。

医療界と法曹界の相互理解のための第9回シンポジウムが開催、診療ガイドラインの位置づけとは

医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム

医療界と法曹界の相互理解のための第9回シンポジウムが東京地方裁判所で開催され、その議事録が判例タイムズ1439号にて公表されました。

このシンポジウムは平成20年から年1回のペースで開催されています。
これまでも注意義務違反、因果関係等の主要テーマについて具体的な事例をもとに意見交換されてきました。

今回は21の医療機関、医療機関側・患者側弁護士14名、裁判官11名が参加しました。

今回のシンポジウムは、貝阿弥誠東京地方裁判所所長がコメントしたように、医療界だけではなく法曹界からも積極的な発言があり、論点を深めることに一躍を買っていたようです。

事例の概要

事例1としては、患者が子宮脱治療のために手術を受けたところ、肺血栓塞栓症を発症し、低酸素脳症を原因とする遷延性意識障害の後遺障害が残ったケースが取り上げられています。

患者は12年前に子宮脱に対するリングペッサリー挿入術を受けていましたが、今回、患者自ら望んで挿入したペッサリーを除去して、人工物のメッシュを入れて手術で縫い込んで、子宮脱が出てこないようにする手術を受けたものです。

手術自体は問題なく終わりましたが、術後2日前の早朝、トイレからの帰り際に膝から崩れ落ちました。顔面蒼白で発汗著明
でした。発症から10分~15分ほど後に自発呼吸が消失したため蘇生措置が開始し、50分後には自己心拍が回復し自発呼吸も再開しました。

翌日になると出血傾向も改善しバイタルも安定しましたが、今度は後腹膜の血腫が確認。さらに発症2日後には頭部CTで大脳全体の脳浮腫が確認されて低酸素脳症と診断されました。
つまり患者は、肺血栓塞栓症あるいはそれに伴う後遺症によって遷延性の意識障害を発症し、2年後には四肢麻痺、発語なく障害1級になりました。

なおこの事案は具体的な判決を抽象化したものであり、実際の判決は、東京地方裁判所平成23年12月9日判決になります。

論点

まず、術前検査です。肺血栓塞栓症を発症する前に、術前に静脈エコーであったり、D-dimerをすべきだったかが問題になります。

次に、予防措置です。間欠的空気圧迫法を実施していませんでしたが、肺血栓塞栓症あるいは深部静脈血栓症予防ガイドラインでは中リスク以上で実施が推奨されています。

さらに術前の説明について、当該医療機関は、静脈血栓塞栓症予防のパンフレットを渡すことをルールとしていましたが、今回は予防法と発症リスクについて説明していませんでした。

裁判所の判断

裁判所は、「個々の患者に対していかなる医療行為を行うかは、患者と十分に協議した上、最終的には担当医の責任において決定すべきものであって、診療ガイドラインは担当医の医療行為の決定を支援するための指針にすぎず、これを制限するものでも、当該ガイドラインの推奨する医療行為を実施することを医療従事者に義務づけるものでもない」と判断して、診療ガイドライン=注意義務ではないと判断しました。

その上で、「しかしながら、予防ガイドライン等の作成経緯、その実施状況等に鑑みると、少なくとも本件において、予防ガイドライン等に従った医療行為が実施されなかった場合には、このことにつき特段の合理的理由があると認められない限り、これは医師としての合理的裁量の範囲を逸脱するものというべきである」としました。

そして具体的あてはめでは、「A医師が原告に対し、説明書を交付することも、静脈血栓塞栓症発症の予防措置を講ずることについて同意を得ることもせず、どのような予防措置を講ずるかについて、原告と十分な協議をしたわけではないことからすると、本件において合理的理由があったと認めるのは困難」と判断しています。

なお義務違反がなく予防措置が実施されたとしても肺血栓塞栓症を発症せず、原告に後遺障害が残らなかった高度の蓋然性は認められないが、その相当程度の可能性はあると判断して、800万円の慰謝料の支払を命じました。

ガイドラインの位置づけに関する意見交換

事例2としても、ガイドラインの字面からは形式上外れている治療法を選択した結果、裁判で争われた実際のケースが取り上げられました(患者が肝細胞癌と診断され、抗がん剤の動注化学療法、肝切除術等の治療を受けた後、他の医療機関で死亡した事例)。

その上で最後にガイドラインの位置づけに関する意見交換が行われました。

医療機関T
医療側はガイドラインから逸脱と言われると、何かそこでかちんときてしまうわけです。逸脱って何だよということなんですが。一ついえることは、恐らく患者側から見ると、ガイドラインに書いてあることは、ぱっと見て自分がそれに該当すると考えれば当然選択肢の一つだったと思うはずです・・・・・
(ガイドラインの内容が)選択肢になり得ない場合は、なり得ないんだということをやはりきちっと説明する義務が私たち医療側にはあったというふうに思いますし、もし選択肢になるのであれば、選択肢としてやはり提示する。ガイドラインとは違うことをやるという選択肢もあるんだということを説明して、患者さんの自己決定権をちゃんと行使できるようにするということが、やはり求められているんではないかと思います。

医療機関D
ガイドラインというのはあくまで参考だと思っていただかなければならないと思っています。
例えば循環器のガイドラインというのは何千本もあるんです。全部読んでいる人ってまずいないです。読めるわけがないと・・
金科玉条じゃないですけど、憲法とはちょっと違うものなので、それだけに頼っていると本当にガイドラインばかになってしまうという医者も実際にうちの病院でもいないわけでもないので、まずやっぱり患者さんを見て経験のある医者とも相談するというのが大事かなと思います。

医療機関F
私は消化器外科です。誰が作ったガイドラインかということがかなり重要だと思うんですね。
例えば胃癌学会のガイドラインと、日本内視鏡外科学会のガイドラインというのは全く異なる推奨度でありますし、その辺のことを法曹界の人がどれぐらい理解されているのかというのはちょっと疑問を感じるところであります。

そして患者側弁護士からは以下のような指摘がありました。

弁護士(患者側)
実際の医療訴訟ではガイドライン1本で勝負が決まるということはありません。ガイドラインがどういう背景で出てきたのか、ガイドラインが出る前に医療界は何を言ってきたのか、そしてガイドラインが出て、その後は医療界は何を言ってきたのかと、その事前と事後の全体をトータルにしてみて・・・そこまでいろんな広いことを考えた上で提訴をしています。
ガイドライン1本が出てしまうとそれが裁判所の全てを規定するというほど唯一のものではなく、多くの医学的知見の一つだと法曹界も考えているということをご理解頂きたいと思っています

ガイドラインは一つの知見にすぎず、その公表時期・推奨度・当該患者に該当するか・異なる診療を行う理由などが問題になるという現在の医療訴訟における診療ガイドラインの位置づけです。

多角的にそれぞれの立場から意見が出ていますが、よりその位置づけが浮かび上がるとともに、さほど考えに相違はないことも明らかになった意見交換だったと思います。

◆ 関連記事

急性肺血栓塞栓症による死亡事故再発防止策を提言、医療事故調査制度の報告書より」(2017/9/20)
医療界と法曹界の理解のための第6回シンポジウム」(2014/11/7)

◆ 参考文献

「第9回医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム」(判例タイムズ1439号10頁)
東京地方裁判所平成23年12月9日判決(判例タイムズ1412号241頁)