古賀克重法律事務所ブログ

福岡県弁護士会所属弁護士 古賀克重(こが かつしげ)の活動ブログです。

急性肺血栓塞栓症による死亡事故再発防止策を提言、医療事故調査制度の報告書より

急性肺血栓塞栓症に係る死亡例の分析が公表

 平成27年10月に医療事故調査制度が導入されて2年が経過しようとしています。平成29年3月までの1年半の間に院内調査が終了して、院内調査結果報告書がまとめられたケースは330件に達しました。
 私も患者(遺族)の弁護士として2件の院内調査結果報告書にかかわり、また現在も1件の院内調査結果報告書の完成を待っています。

 日本医療安全調査機構がこの院内調査結果報告書の中から「急性肺血栓塞栓症に係る死亡例」を取り上げて、医療事故の再発防止に向けた提言(第2号)として公表しました。

急性肺血栓塞栓症とは

 急性肺血栓塞栓症とは、下肢および骨盤などの深部静脈に生じた血栓が肺動脈を閉塞し、急性の肺循環障害を生じさせる病態をいいます。

 病気や手術後の長期間の臥床、肥満、心不全などの血流停滞のほか、妊娠、悪性腫瘍、外傷、脱水、先天性の凝固異常が原因とされます。

 特異的な早期症状がないにもかかわらず突然発症して、死に至る確率も高い疾患の1つ(10%前後の死亡率)。
 いわゆるエコノミークラス症候群としても知られている病態です。新潟中越地震、東日本大震災、そして2016年の熊本地震の際、車中泊など避難生活を送る被災者にも発症しています。

 この肺血栓塞栓症による死亡者数は、1988年の591人から10年後の1998年には1655人と2・8倍に増加し、2005年には1900人に達しています(厚生労働省人口動態統計)。

対象の死亡事例の概要

 対象となった死亡事例は8件です。整形外科が3件、脳神経外科が3件、精神科・循環器内科がそれぞれ1件となっています。

 例えば整形外科の1例は以下のようなものです。

 大腿骨頚部骨折で入院した40歳代の患者(BMI35)が、手術待機の間、ベッド上リハビリテーションと足関節・足趾の自動運動を実施しました。そして、入院4日目に人工骨頭挿入術を施行。
ところが脊椎麻酔後、側臥位とした際に呼吸困難を訴えたため酸素投与を開始。1時間後に胸部不快を認め、さらに不穏となってしまいました。直後に血圧・経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)が低下したため救命処置を施行します。心エコーで右心室の拡大が著明であることを確認し、急性肺血栓塞栓症と診断して、血栓溶解薬を投与した。胸部造影 CT にて両肺動脈に陰影欠損確認。救命処置を継続したが心拍再開せず死亡してしまったものです。

 また循環器内科の1例は以下のようなものです。

 肺炎、胸膜炎(細菌性胸膜炎)のため入院した40歳代の患者(BMI28)が、心筋梗塞の既往がありましたが治療中断していました。入院する10日前から下肢に違和感、痛みがあり、腫脹を認めていましたが、入院時には軽減していました。
ところが入院の数時間後、呼吸困難、左胸痛、血圧低下となり、酸素投与を開始しましたが呼吸困難が増強し、心肺停止し、救命処置を施行したが死亡し、解剖により急性肺血栓塞栓症と診断されました。

急性肺血栓塞栓症の死亡事例の分析

 医療事故の再発防止に向けた提言としては、以下のようにまとめられています。

提言1(リスクの把握と疾患の認識)
入院患者の急性肺血栓塞栓症の発症リスクを把握し、急性肺血栓塞栓症は「急激に発症し、生命を左右する疾患で、特異的な早期症状に乏しく早期診断が難しい疾患」であることを常に認識する。

提言2(患者参加による予防)
医療従事者と患者はリスクを共有する。患者が主体的に予防法を実施できるように、また急性肺血栓塞栓症、深部静脈血栓症を疑う症状が出現したときには医療従事者へ伝えるように、指導する。

提言3(深部静脈血栓症の把握)
急性肺血栓塞栓症の塞栓源の多くは下肢、骨盤内静脈の血栓である。深部静脈血栓症の臨床症状が疑われた場合、下肢静脈エコーなどを実施し、血栓を確認する。

提言4(早期発見・早期診断)
明らかな原因が不明の呼吸困難、胸痛、頻脈、頻呼吸、血圧低下などを認めた場合、急性肺血栓塞栓症の可能性を疑い、造影 CT などの実施を検討し早期診断につなげる。

提言5(初期治療)
急性肺血栓塞栓症が強く疑われる状況、あるいは診断が確定した場合、直ちに抗凝固療法(ヘパリン単回静脈内投与)を検討する。

提言6(院内体制の整備)
肺血栓塞栓症のリスク評価、予防、診断、治療に関して、医療安全の一環として院内で相談できる組織(担当チーム・担当者)を整備する。必要があれば院外への相談や転院などができるような連携体制を構築する。

死亡・裁判を避けるために

 提言では、急性肺血栓塞栓症の特性を医療従事者が認識した上、急性肺血栓塞栓症を発症した可能性が高ければ、造影CTなどを速やかに施行し、疑いあるいは診断後は直ちに抗凝固療法を検討することが求められています。

 急性肺血栓塞栓症の症状は特異的な早期症状に乏しいとされ、対象事例全例においても、胸痛、呼吸困難、頻脈といった一般的な症状所見から始まっていたようです。

 そのため裁判で争われるケースも少なくありません。
 請求認容例としては、失神した患者に対して急性肺血栓塞栓症を疑わずに死亡させたとして、過失と死亡の因果関係を認めた上、逸失利益を含む約5000万円の損害賠償を認めたさいたま地裁平成25年9月26日判決などがあります。

 請求棄却例としては、呼吸困難等を訴えて救急搬送された患者が、入院翌日に急性肺血栓塞栓症で死亡したケースについて、検査義務違反等の診療上の注意義務違反を否定した大阪地方裁判所平成20年11月25日判決などがあります。

 いずれにせよ医療従事者にとっても予想を超えて急激に進行することがあり、医学的知識のない患者・家族にとってはより受け入れがたい結果になりかねません。
 その意味で提言2の患者参加による予防も大事な視点といえるでしょう。