2006年9月11日 薬害肝炎訴訟全国原告団/薬害肝炎訴訟全国弁護団
「フィブリノゲン製剤訴訟・福岡地裁判決について」と題する書面に対して
第1 はじめに
国は、薬害肝炎訴訟福岡地裁判決に対する控訴に際し、「フィブリノゲン製剤訴訟・福岡地裁判決について」と題する書面を配付した。
「フィブリノゲン製剤訴訟」との呼称には、国の、血液凝固第\因子複合体製剤(クリスマシン)の存在をあえて無視しようとする悪意がこめられている。
また国はその中で控訴の正当性を主張し、理由として、@本件は「医薬行政の根幹に関わる問題」であること、Aフィブリノゲン製剤は産科領域において有効性が認められること、の2点を挙げている。さらに、「C型肝炎施策の推進は、司法判断に関わりなく国民の健康の向上の観点から行われるものであり、今回の控訴は、C型肝炎施策を一層進める上で何ら差し障りにならない。」などと主張している。しかしこれらの国の主張は、いずれも全くの誤りである。大阪地裁・福岡地裁と続いた国敗訴の判決を無視し、自己の責任に目をつぶり、隠蔽し、被害回復を遅らせるだけのものにほかならない。
以下、これらを明らかにする。
第2 「フィブリノゲン製剤訴訟」との呼称について
国は従来、報道機関等に公表する資料において、本薬害肝炎訴訟のことを「C型肝炎訴訟」と呼称していた。ところが今回、国の上記書面においては、本訴訟を「フィブリノゲン製剤訴訟」とあえて呼称している。
周知のごとく、本訴訟においては、フィブリノゲン製剤のみならず、クリスマシン(血液凝固第\因子複合体製剤)による肝炎感染被害の回復も求めている。しかるに、国がこの点を無視した呼称をあえて作出し、用いているのは、この問題の存在そのものを無かったことにしようとする悪意に他ならない。
クリスマシンは、薬害エイズという悲惨な薬害を惹き起こした極めて危険な製剤である。この薬害について、国は自らの過ちを認め謝罪をするとともに、患者の被害回復を内容とする和解を既におこなっている。
クリスマシンはエイズのみならず肝炎被害を蔓延させていた。したがって被害回復として、肝炎対策も当然におこなわれるべきであった。しかし国は肝炎被害を無視し、必要な対策を取らなかった。
本訴訟においては、クリスマシンによる肝炎被害に対する国の責任がまさに争われている。大阪地裁及び福岡地裁判決は、国家賠償責任までは認めなかったものの、クリスマシンに関する国の薬事行政の杜撰さは厳しく断罪している。また、両判決とも、クリスマシンが肝炎に感染する可能性の高い、危険な医薬品であったことを認定している。
にもかかわらず、国は「フィブリノゲン製剤訴訟」との呼称によって、クリスマシンによるC型肝炎感染被害に対する救済を切り捨てるだけでなく、問題の存在そのものさえ抹殺しようとしている。
被害者の多くは20歳代の若い男女である。被害者らがクリスマシンによって肝炎に感染したのは、まぎれもない事実である。
このような国の態度は到底、許されるべきではない。
第3 「医薬行政の根幹に関わる問題」であるとの点について
1 国は、控訴の理由のひとつとして、次のように述べている。
医薬品は両刃の剣であり、患者の救命や健康回復のためには、副作用等のリスクがあっても有用な医薬品は承認していく必要がある。たとえ、重篤なリスクが予想されても、その時々の医学的薬学的知見の下で、リスクを上回る有効性が認められる場合、患者の救命や健康回復のために医薬品を承認することは、国民の健康を守るために必要なことであり、この点は医薬行政の根幹に関わる問題である。
故に控訴する、と。
2 この点、「その時々の医学的薬学的知見の下で、リスクを上回る有効性が認められる場合」に医薬品が承認されるべきは当然である。判決も、このことは当然の前提としている。
しかしこの訴訟では、そもそも有用性が認められない医薬品であった、とされているのである。
そもそも、国は、本件血液製剤について、科学的に「リスクを上回る有効性が認められる」のかどうか、全く検討していないのである。
国は、米国FDAの承認取消しなど、フィブリノゲン製剤の有用性に重大な影響を与える出来事が発生しているのに、その際に何の評価も検討もしていないのである。
このように、この訴訟ではまさに「医薬行政の根幹に関わる問題」についての国の重大な不作為・怠慢が問われ、断罪されている。国は、この事実を真摯に受け止め、反省しなければならない。まさに「医薬行政の根幹に関わる問題」であるからこそ、控訴せずに直ちに今後の対策を行っていかなければならないのである。
3 福岡判決の判示
(1)福岡判決は、国が「医薬行政の根幹に関わる問題」について誤りを犯し続けてきたことについて、厳しく断罪している。
・1964年製造承認時について
フィブリノゲン製剤製造承認申請にあたって臨床試験資料として提出された報告は、当時における国自身が作成した医薬品製造指針によって要求されていた水準に満たないものである、としている(福岡判決410頁)。
・第1次再評価をすり抜けたことについて
(「フィブリノーゲン−ミドリ」から「フィブリノゲン−ミドリ」と販売名が変わったことにより新たな承認を得たから第1次再評価の対象ではなくなった、との国の主張に対し、)昭和51年4月30日における製造承認は、その経緯等からしても本件非加熱フィブリノゲン製剤の名称変更というべきものであることが明らかであるから、遅くとも血液製剤が再評価指定された昭和53年10月16日の時点において、本件非加熱フィブリノゲン製剤についても再評価指定がされるべきであったにもかかわらず、これがされなかったことは不相当というほかない(福岡判決498頁)。
・米国FDA承認取消しは我が国における有効性・有用性に影響を与えるものではないという国の主張に対して
米国と異なり代替製剤の供給がなかったとか、米国の製剤は不活化がされていなかったとか、米国FDAが考慮したのはB型肝炎のリスクであるとか、米国と我が国では産科医療体制が相違するとかの種々の国の主張に対し、福岡判決は、これらはいずれも、フィブリノゲン製剤の有効性・有用性が検討されなければならなかったという事情に過ぎず、国の情報収集、調査、検討義務に影響を与えるものではない、と一蹴している(福岡判決499頁〜)。
(2)また、有用性についても、当然のことながら、「副作用が少しでもあるから違法である」などとしているものではなく、有効性・危険性双方を考慮し、総合的に判断している。
・当時の医学的、薬学的知見に加え、米国FDA承認取消しにおいて示された知見や判断も併せると、(FDA承認取消しを受けて調査・再検討に着手していれば、)調査、再検討の結果、後天性低フィブリノゲン血症に対する本件非加熱フィブリノゲン製剤の有用性を認めることができないとされた蓋然性が高い(福岡判決504頁)。
4 大阪判決の判示
大阪判決においても、国の「医薬行政の根幹に関わる問題」に関する過誤について断罪されている。
・1964年製造承認時について
フィブリノゲン製剤の製造承認申請に当たり提出された臨床実験資料は,医薬品製造指針の要求する症例数の不足の疑いがあること,粗雑な資料があることなどから,ずさんと評価すべき点が多々含まれていたことは否定できない(大阪判決716頁)。
・第1次再評価をすり抜けたことについて
フィブリノゲン製剤を昭和42年以降承認医薬品に該当するとして新規承認扱いとする合理的理由は見いだし難い。結果として,原告らの主張するように,実質的には再評価制度の潜脱を認めるのと同じことになってしまった(大阪判決725頁)。
・米国FDA承認取消しに対する対応について
厚生省は、海外情報を収集する手段があったにもかかわらず、米国FDAに関する貴重な情報を収集、検討しなかったものであり、医薬品の安全性を確保するという立場からは、ほど遠い、お粗末な面が認められ、その意識の欠如ぶりは非難されるべきである(大阪判決1040頁)。
・1987年加熱製剤承認について
ミドリ十字から提出された治験報告の中には、記載が非常に不十分、簡単なものが多く、個々の例において臨床所見、経過が余り詳しく述べられておらず、フィブリノゲンをはじめ諸検査がほとんど行われていなかったという問題があったのであるから、加熱製剤の製造承認の審査においても、これを当然問題視すべきであった。
ところが、厚生大臣は、より一層の慎重な調査、検査をするどころか、非加熱製剤を加熱製剤製造に切り替えさせるという方針を立て、あらかじめ申請及び承認時期を定めた上で、極めて短期間に、いわば結論ありきの製造承認を行ったものであるから、安全性確保に対する意識や配慮に著しく欠けていたといわなければならない。
そして、厚生大臣が後天性低フィブリノゲン血症を適応とする加熱製剤の製造承認をしなければ、その後、同製剤によるC型肝炎(非A非B型肝炎)感染被害が発生しなかったことは明らかである(大阪判決1047頁〜)。
5 以上のとおり、両判決は、まさに「医薬行政の根幹に関わる問題」について、国を断罪している。しかるに国は、これに対し全く無反省に、自身には何も過ちはなかったとして控訴したのである。本件控訴の誤りは明らかである。
第4 多くの産婦を救った有効性・有用性のある医薬品であった旨の主張について
1 国の主張
そして、国の主張する実質的な控訴の理由は、「出産時の大量出血による死亡から産婦を救命するため」に、フィブリノゲン製剤が有効・有用であったとの一言につきる。国は、かかる有効性・有用性の根拠として、フィブリノゲン製剤の有効性が、「多くの産婦の命を救った薬と産科学会等から評価され」ていたこと、「現在でもドイツ等では継続して承認されている」ことなどを挙げる。
2 国の主張の誤り
しかし、フィブリノゲン製剤には、有効性・有用性が存在しない。有効性・有用性なき医薬品によって多くの産婦が救命された事実もない。
(1)薬事法による再評価において否定されていること
1987(昭和62)年、国(旧厚生省再評価調査会)は、「提出された一般臨床試験の報告10報には輸血等が併用されているものやフィブリノゲン値が測定されていないものが多く、これらの報告からは本剤の有効であったかどうかを確認することはできない」と結論づけた(大阪判決505頁)。「有効性を判断できなかったということは実質的に否定されたのと同様であ」る(大阪判決730頁)。
1998(平成10)年、国(小泉純一郎厚生大臣)は、フィブリノゲン製剤について適応を先天性に限定し、もって本件有効性・有用性を否定した。
かかる製剤に、到底有効性ないし有用性が認められないことは、争う余地のない事実である。
(2)米国FDAにおいて否定されていること
フィブリノゲン製剤は、1977(昭和52)年に、米国FDA(食品・医薬品局)包括声明において、「フィブリノゲン(ヒト)の臨床効果を評価することは困難であり、その使用が有効とされる適応症はほとんどない。」(福岡判決372頁)と判定され、承認取消・回収がなされた製剤である。
(3)判決上も否定されていること
上記の国の産科領域の有効性に関する主張は、大阪地裁判決および福岡地裁判決においても、既に一蹴されている。
ア 大阪判決
大阪地裁判決は、再評価調査会がフィブリノゲン製剤の有効性を否定し、かつ国がこれに則って薬務行政を行ってきたことからみて、国が本件訴訟において展開してきた、「産科領域においては有効性が認められてきた」かのような議論から、フィブリノゲン製剤の有効性を認定することはできないことを明確に指摘した。
すなわち、大阪判決は、「フィブリノゲン製剤の再評価手続当時、フィブリノゲン製剤の適応限定をしないようにとの産科2学会の要望がなされたが、これは、フィブリノゲン製剤の有効性、必要性にこだわる真木、寺尾が主体的に働きかけた結果であり、基本的には真木、寺尾の意見にすぎないとの見方もできる。」、「しかも、厚生省は、産科2学会の要望に対し、産科領域でフィブリノゲンの有効性・必要性を主張しているのは、ミドリ十字とミドリ十字に協力している産科領域の一部の医師だけであると認識し、この見解(日母が研修ノートでフィブリノゲン製剤の使用を推奨していることも含む。)を疑問視して採用せず、内示前後を通じ終始、産科領域も含め、フィブリノゲン製剤の後天性低フィブリノゲン血症に対する有効性は、確認できないとの見解を採っていたものである。」(大阪判決693頁)として、産科2学会の上記見解や平成14年回答書の存在をもって、「フィブリノゲン製剤の有効性の根拠として重視することは相当ではない」と結論づけている。
そればかりか、大阪判決は、「本件訴訟における被告国の主張をみると、被告国は、再評価当時のフィブリノゲン製剤の有効性についての上記立場を覆し、かつて自らが排斥していた真木や産科2学会の見解をほぼ援用し、産科臨床の現場で後天性低フィブリノゲン血症に対するフィブリノゲン製剤の有効性が認められるとの主張を展開している。訴訟という立場があるにせよ、従来と異なる立場を採る場合には(とりわけ、国という立場においては)、なぜそのような立場を採るかにつき、合理的かつ納得のいく説明をすべきであると思われるが、被告国の主張の中には、このような態度はうかがわれない。」と、被告国が、かつて排斥した産科2学会の立場に全面的に依拠し、これに基づく主張を展開してきたことにつき断罪しているのである(大阪地裁693頁)。
イ 福岡判決
福岡判決もまた、「遅くとも昭和55年11月当時」には、本件非加熱フィブリノゲン製剤の有用性は認められないとして、同製剤の有用性を否定した。
すなわち、福岡判決は、「遅くとも昭和55年11月当時」には、「フィブリノゲン製剤の有効性が認められるのは相当に限られた場合であろうとして、その有効性に疑問が生じ」ていたこと、「仮に」これが認められるとしても、新鮮凍結血漿やクリオプレシピテートなどの「代替製剤の使用が可能となっていた」ことなどから、「遅くとも昭和55年11月当時においては、当時の医学的、薬学的知見に基づき、本件非加熱フィブリノゲン製剤の有用性を認めることはできなかった」旨、判示しているのである(福岡判決494頁)。
(4)ドイツでの使用についての反論
なお、フィブリノゲン製剤が外国において使用されているとの、国の主張は、論外である。
先に述べたとおり、フィブリノゲン製剤が「有効であったかどうかを確認することはできない」と判断したのは、国厚生省が自ら設置した血液用剤再評価調査会に他ならない。そして、国厚生省は、同調査会の結果に基づいて本件訴訟以前の薬務行政を執り行ってきたのである。そればかりか、2つの裁判所もまた、フィブリノゲン製剤の有効性ないし有用性を端的に否定した。
国自身、訴訟において、ドイツでは未だ承認されていると言いながら、その承認の手続・内容や、使用の実態については、何ら主張立証をしていない。
かかる状況において、ドイツ等における承認をもって、我が国におけるフィブリノゲン製剤の有効性が根拠づけられることはない。
3 このように、国の実質的な控訴理由である、産科領域において有効性・有用性があったとの主張は、国自身がかつて否定しており、大阪地裁・福岡地裁両判決も一蹴した根拠のないものである。かかる理由での控訴が正当性を有しないことは明白である。
第5 「C型肝炎施策の推進」との言い分について
1 さらに国は、次のようにも述べる。
C型肝炎施策の推進は、司法判断に関わりなく国民の健康の向上の観点から行われるものであり、今回の控訴は、C型肝炎施策を一層進める上で何ら差し障りにならない。C型肝炎施策の推進は、感染経路の如何を問わず、種々の原因によりC型肝炎に罹り苦しんでおられる方々にとって重要であり、今後とも一層の推進を図る。
2 しかしこの点も、司法の判断をないがしろにした、全く誤った認識である。
C型肝炎問題に関しては、大阪地裁判決、福岡地裁判決と、2つもの司法判断が下され、国の法的責任が明確にされた。国は、この法的責任を率直に認め、法的責任に基づく施策を行わなければならない。
国が、問題に対する自身の法的責任を率直に認めた上その責任に基づいて行う施策と、法的責任を否定して単なる福祉的施策として行うそれとでは、全く異なる。この点は、薬害HIV問題や、ハンセン病問題において、国が司法で示された法的責任に基づいて施策を行うことで、それ以前とは根本的に異なる施策が行われ、まさに政策転換が図られたことからも明らかである。
国は、C型肝炎施策の推進と本件訴訟は関係がないかのように述べているが、認識を全く誤っている。このような国の主張は、肝炎問題に関し、法的責任に基づいた根本的な施策を行う意思がないと明らかにしたも同然であり、言語道断である。
3 のみならず、このような主張は、原告らの訴えや被害に全く目をつぶった、傲慢な主張と言わざるを得ない。
原告らは、単に自身の感染について損害賠償を求めているだけではない。原告らは、ウイルス性肝炎は、その多くが医療行為を原因とした医原病であって、国がその責任に基づいて被害回復を図るべき問題であるとして、国に全ウイルス性肝炎患者のための施策を求めている。
しかるに、川崎二郎厚生労働大臣は、「これからの医療行政についてならいくらでも話しあう」などと言いながら、上記のような声を面談の上聞いてほしいとの原告らの要請を拒否し、控訴に至った。
国は、「C型肝炎の施策について今後とも一層の推進を図る」というのであれば、まずは、肝炎蔓延についての自身の責任を認めるべきである。被害者に会い、その声を直接聞くべきである。それなしの施策など、肝炎患者が真に求めるものになろうはずがない。
4 以上のとおり、上記の国の主張は、自身の法的責任を否定している点でも、被害者の声すら聞こうとしない点でも、根本的に誤っており、単に控訴に際しての責任逃れ的・言い訳的発言に過ぎないことは明らかである。
第6 結語
このように、国の控訴理由及びそれを説明した「フィブリノゲン製剤訴訟・福岡地裁判決について」なる書面には、あらゆる点で正当性がなく、今回の控訴は、単なる問題解決の先送りでしかない。この不作為・先送りの姿勢こそ、まさに薬害発生の人的・構造的要因に他ならないことを、国民の生命・健康を守る義務を負う国・厚生労働省は知るべきである。
我々は、このような国・厚生労働省の態度を改めさせるべく、本件問題を早期に解決するべく、あらゆる努力を継続していく所存である。
以上
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