さいたま地裁越谷支部 令和5年2月21日判決
原告主張の7級右上肢CRPSは行動撮影したビデオの画像等から原告が右手で水道蛇口を開け、右手でごみ袋を持ち収集場まで運んでいる等から日常生活に支障は認められないとCRPSの発症を否認した
解説
【事案の概要】
原告は、信号のある交差点を左折し終えたところ、対向車線から右折してきた被告車両に衝突され、頸椎捻挫、外傷性頸椎神経根症、右肩鎖関節脱臼、右上肢CRPSの傷害を負い、約9ヶ月半通院しました。そして、7級4号右上肢神経系統機能障害、併合9級右上肢各関節機能障害等から7級の後遺障害を残したとして、既払金約200万円を控除し約4300万円を求めて訴えを提起した事案です(自保ジャーナル2150号18頁)。
裁判所は、原告主張のCRPSの発症を否認しました(本判決後に控訴後和解)。
【裁判所の判断】
裁判所は、原告のCRPSの診断につき、CRPSの診断基準としては、CRPSに係る国際疼痛学会(IASP)の診断基準(臨床用)及び厚生労働省CRPS研究班の判定指標(臨床用)が存するところ、これらの診断に用いられる項目のうち、皮膚色の変化、浮腫及び発汗異常については、それらの項目だけが存在したとしても、直ちに日常生活の支障となるものではないから、本件のような損害賠償請求訴訟においては、それらの項目だけを満たす病態を想定することは意味がなく、その他の項目を充足する病態の存否を検討しなければならないとしました。
そして、その他の項目のうち本件で充足の有無が問題となるのは、感覚異常、運動異常、関節可動域制限、持続性ないし不釣合いな痛み、しびれたような針で刺すような痛み、知覚過敏、アロディニアないし痛覚過敏となり、結局のところ、原告が主観的に訴える痛みや原告の意思に左右され得る関節可動域制限・筋力低下が真に存在するかの問題に帰結することになると認定しました。
その上で、CRPSの発症につき、原告は右上肢の強い痛み、右手指のしびれ、右上肢の各関節の可動域制限等が存在し、これらによって、日常生活において多大なる支障を抱えていると主張し、これと同趣旨の内容の陳述書を提出するとともに、原告本人尋問においても、右腕を頭上に挙げることはできない、右腕を胴から20度から30度位までしか挙げられない、常に右手全体が痛い、右の指をグーにして折り込むことはできない、パーも開かない、掴んだりする作業ができないといった供述をしているが、被告が提出した令和2年9月10日から同月23日にかけて自宅付近での原告の行動を撮影したビデオの静止画像及びビデオのデータによれば、原告は、数日にわたって、右手で水道の蛇口を開けることができ、右手で上呂を持って水を入れ、草花に水をやり、右手で箒を使って玄関前を掃除し、右手で重さのあるごみ袋を持ち、収集場まで運び、収集場のネットを持ち上げて、ごみ袋を出し、右手でネットを畳むという動作を円滑に行っており、その中で、右腕を挙げて顔を拭く、右手を口に当てる、脇の角度が90度程度になるまで右腕を挙げる、右手で手すりを持ちながら階段を降りるといった動作を問題なく行っていることが認められ、日常生活に支障が生じているとは到底認めることができないとしました。そして、現時点において、原告に原告主張に係る右上肢の強い痛み、右手指のしびれ、右上肢の各関節の可動域制限等が存在するとすることには、疑義があり、したがってまた、本件事故後の経緯において、原告にこれらの症状が存したとすることにも疑義があるといわざるを得ないのであって、原告が本件事故を起因としてCRPSを発症したと認めることはできず、また、原告の主観的訴えを根拠とする外傷性頸椎神経根症の存在も認めることができないとして、本件事故によるCRPSの発症を否認しました。
【ポイント】
原告の行動調査から訴えと整合しない行動が散見されている事案です。裁判所もその点から心証を形成したことがうかがわれます。
CRPSの発症を否認した裁判例としては以下のものもあります。
横浜地裁平成30年7月17日判決(自保ジャーナル2034号)は、原告(30代男性)主張の両上下肢CRPSにつき、行動調査によれば、原告は歩行や階段の昇降をしたり、座席で胡坐をかいたり、携帯電話やタッチパネル付きの電子機器を操作したり、これらの挙動からすると関節拘縮があるとは考え難い等と発症を否認しました。
大阪地裁令和4年11月29日判決(自保ジャーナル2145号)は、自転車で走行中に後退してきた被告車両に右下肢を接触され、自賠責7級4号認定のCRPSを残す原告(30代女性)の事案につき、被告車両は原告の右下肢等の身体に接触していないと認められると被告車両と原告の接触を否認し、右下肢痛等の主訴自体が虚偽(詐病)であった疑いが払拭できない等から、本件事故によるCRPSの発症を否認しました。