名古屋地裁 令和5年12月22日判決
自賠責9級10号高次脳機能障害を残す原告の人身傷害保険金請求権は保険会社の債務承認及び信義則違反等認められず2年の経過をもって時効により消滅したと請求を棄却した
解説
【事案の概要】
原告(20代女性)は、平成22年11月、交差点を自転車で走行中に、右方の交差路から左折進入してきた自動二輪車に衝突され、脳挫傷、頭蓋骨骨折、急性硬膜外血腫、両網膜周辺部変性等の傷害を負い、入院含めて約2年8ヶ月間通院しました。
原告は自賠責9級10号認定の高次脳機能障害を残したことから、被告に対し約2980万円の損害賠償請求するとともに、保険会社に対しては人身傷害保険金として約2100万円の支払いを求めて訴えを提起しました。
裁判所は、人身傷害保険金請求権は、保険会社の債務承認及び信義則違反等認められず、2年の経過をもって時効により消滅したとして、請求を棄却しました(控訴中。自保ジャーナル2162号149頁)。
【裁判所の判断】
消滅時効の起算日について、原告は、(1)自身が後遺障害を有していることを知らなかったこと、(2)本件保険契約の存在すら知らなかったこと、(3)訴外父親に抵抗することができず、自ら保険金請求をすることができなかったことから、人身傷害保険金請求権の消滅時効は、原告が現実に保険金請求をすることが期待できるようになった平成31年2月まで進行を開始しない旨主張しました。
裁判所は、本件保険契約に基づく原告の人身傷害保険金請求権の消滅時効は、脳神経外科において後遺障害診断がされ、その後、眼科における治療も終了した平成25年7月9日の翌日を起算日として進行すると認めるのが相当であると判断しました。
また裁判所は、原告は、平成25年4月24日時点で、脳神経外科における治療が同日をもって終了することを認識していたといえるとも認定しました。
保険会社の承認の有無について、原告は、平成31年2月以降に、保険会社担当者が、(1)「本件について裁判を起こさないでほしい」と発言したり、(2)障害年金の請求に必要な書類を自賠責保険会社に取り次いだりしたことによって、債務の承認(時効援用権の喪失)をした旨を主張しました。
裁判所は、仮にこれらの言動を認定できた場合であっても、いずれも、保険会社が人身傷害保険金の支払義務を負っていないとの認識を有していたとしても矛盾なく説明できる言動といえ(すなわち、(1)は、保険会社が本件保険金を既に支払ったために更なる保険金支払義務がないという認識を前提とした言動とも解し得るほか、(2)も人身傷害保険金の支払とは無関係に顧客対応の一環として原告に協力をしたものと解し得る。)、これらの言動により保険会社が、原告に対する人身傷害保険金の支払義務を承認したとは認め難いと判断しました。
したがって、原告の主張を前提としても、本件において、保険会社による債務承認があったとは認められないとしました。
さらに、信義則違反・権利濫用の有無については、原告は、保険会社は原告に適切な保険金額を受領するよう促す必要があるにもかかわらず、それを怠り、本件訴訟において消滅時効を援用することは信義則に反し、権利濫用に当たる旨を主張しました。
しかしながら、時効制度の趣旨に照らせば、消滅時効の援用に先立ち、債務者が債権者に対し、権利行使を促す必要があるなどと解することはできず、そうである以上、債務者が債権者の権利行使を積極的に妨害したのであればともかく、単に権利行使するよう促さなかったからといって、時効援用権の行使が信義則に反するとか、権利濫用に当たるとはいえないと判断しました。
したがって、本件保険契約に基づく原告の人身傷害保険金請求権は、遅くとも平成26年2月14日から2年を経過した平成28年2月14日の経過をもって、時効により消滅したものと認めるのが相当であるとしました。
【ポイント】
本件は人身傷害保険金の請求兼の消滅時効が争われた事例ですが、加害者に対する損害賠償請求権について消滅時効が争われる事例は少なくありません。
横浜地裁令和5年3月27日判決(自保ジャーナル2157号)は、男子原告(50代男性)の消滅時効の完成につき、原告には本件事故に起因する後遺障害の残存は認められないから、人身損害についても、消滅時効の起算日は、物的損害と同様、不法行為時である本件事故日と認めるのが相当であるとし、第1事件が提訴された時点で、既に本件事故日から3年以上経過しているとして、消滅時効の完成を認めました。
名古屋地裁令和4年3月30日判決(自保ジャーナル2128号)は、現在も症状が固定していないとする原告の消滅時効につき、原告は、本件訴訟が提起された3年前の時点で症状固定に至っていたことは当然認識していたと認められるとし、原告の損害賠償請求権は時効により消滅したとして、消滅時効を認定しました。