宇都宮地裁栃木支部 令和3年7月13日判決
原告主張の併合11級後遺障害は残存したことを認めるに足りる証拠はないと後遺障害の残存を否認した上、脊柱管狭窄症の既往歴から8割の素因減額を認定し請求棄却した
解説
【事案の概要】
家事従事者の原告(66歳女性)が、高速道路上を普通乗用車を運転して渋滞停車中、被告会社保有の大型貨物車が2台後方の大型貨物車に追突した結果、原告車が玉突き追突されました。そして原告は仙骨骨折、頚椎捻挫、腰椎捻挫、両肩挫傷及び両膝部挫傷等の傷害をおって約8ヶ月間通院し、12級13号頚部痛及び同左膝痛の他、12級6号左肩関節機能障害等の併合11級後遺障害を残したと主張して、既払金を控除し約1400万円を求めて訴えを提起しました(自保ジャーナル2103号108頁)。
【裁判所の判断】
まず宇都宮地裁栃木支部は、後遺障害については、原告提出の医師意見書の問題点を指摘して後遺障害の残存を否認しました。
例えば、「(4回目の診察時には)頚椎後屈制限残っているとの記載があり、前屈は改善したことがうかがえるにもかかわらず、意見書には、前屈・後屈:30/20度とのみ記載され、合理的な説明がされていない」、「腰椎に関しては、整形外科の診療録では初診時以外には何らの記載もないのであり、意見書の意見を基礎付ける検査結果等は存在しない」ことなどを指摘した上で、「E医師作成の上記意見書を信用することはできず、かつ、同意見書とおおむね同内容の後遺障害診断書もまた信用できない」として、「原告に後遺障害12級13号を含め、何らかの後遺障害が残存したことを認めるに足りる証拠はない」と判断して、原告の後遺障害の残存を否認しました。
つぎに素因減額については、同裁判所は、「平成20年頃から腰から足にかけてのしびれを感じ始め、遅くとも平成24年10月1日には大学病院にて脊柱管狭窄症の診断を受け、この脊柱管狭窄症により背部、腰部及び下肢に強い疼痛が出現しており、この前後の時期を通じてペインクリニックで平成26年5月頃まで週1回程度の頻度で定期的に腰部硬膜外ブロック注射を受けていたものの、同年6月5日には他病院にて上記脊柱管狭窄症に関して左L3下関節突起摘出の手術を受けるに至ったが、上記疼痛は改善されず、平成27年12月7日の他病院での診察時には、右腰の痛みに関しては立ち上がれないほどに痛くなっている状態であった」と認定し、「原告の本件事故後の腰部や下肢の疼痛には、脊柱管狭窄症の既往歴が大きく寄与しているものといわざるを得ない」と判断しました。
その上で、「原告の本件事故後の頚部、腰部、左下肢(特に左膝)の痛みに関しては、いずれも既往症や本件事故以前の症状が大きく寄与していたものといえることから、大幅な素因減額ないし寄与度減額を免れない」として、「その割合としては8割をもって相当と認める」と8割の素因減額を認定したものです。
以上を前提に、宇都宮地裁栃木支部は既払い金を除いて被告に賠償請求できる損害額はないとして、原告の請求を棄却しました(原告控訴)。
【ポイント】
被害者が後遺障害を主張する場合、特に自賠責保険にて非該当の場合には、医師意見書等にて立証する必要があります。ただしその医師意見書が診療録の記載から乖離していたり、信用性に問題があることも少なくありません。
脊柱管狭窄を既往とする素因減額事例としては、以下のような判決があり参考になります。
頚髄損傷から3級3号四肢不全麻痺を残し脊柱管狭窄を既往する47歳男子原告の素因減額につき、原告の頚髄損傷の発生又は拡大については、本件事故以外の要因として、脊柱管狭窄が寄与したと4割の素因減額を認定した(横浜地裁 平成30年10月23日判決 自保ジャーナル2036号)
脊柱管狭窄を有する58歳男子原告の素因減額につき、原告の後遺障害は、本件事故の態様に比して結果が重大といえ、その発生には、本件事故の前から有していた脊柱管の高度かつ広範な狭窄等の変性が大きく寄与したとして、5割の素因減額を認定した(水戸地裁 平成30年5月23日判決 自保ジャーナル2031号)