名古屋地裁 令和6年3月13日判決
未明に原告乗用車を運転して中央分離帯に設置されたコンクリートブロックに衝突し損傷したとする車両保険金請求は本件事故現場で事故が発生したとする原告の供述は採用できないと本件事故の発生を否認して請求を棄却した
解説
【事案の概要】
原告(男性)は、午前3時半頃、普通乗用車を運転して交差点を走行中、中央分離帯に設置されたコンクリートブロックに衝突し、原告車が損傷したとして、車両保険金等220万円を求めて訴えを提起しました。
名古屋地方裁判所は、原告主張の本件事故の発生を否認し、原告車の損傷が本件保険契約の約款に定める「事故」により生じた損害であるとは認められないとして、保険金請求を棄却しました(確定。自保ジャーナル2177号166頁)。
【裁判所の判断】
名古屋地方裁判所は、原告車の右前輪の損傷等は中央分離帯のコンクリートブロックとの接触によって生じたものとして特に矛盾はないし、原告は、被告に対し、事故当日の時点で、およその事故発生場所も特定して本件事故申告をしており、これらの事情は、本件事故の発生について述べる原告の供述の信用性を裏付けるものといえると指摘しました。
しかしながら、本件事故直後とされる時点の中央分離帯の状況、特に植栽の荒れ具合や、コンクリートブロックの散乱状況(散乱した方向等)、北西角に設置されたコンクリートブロックの損傷状況からすると、これらの損傷は、車両がほぼ東向きに中央分離帯に乗り上げ停止したというよりは、南西方向から進行した車両が北西角付近に斜めに衝突し、北東方向に走り抜けたことによって生じた損傷状況というべきであり、原告の述べる事故状況を前提にすれば、原告車は時速50km程度で制動措置を講じることなく中央分離帯に右側を乗り上げ、そのまま停止したことになるが、コンクリートブロックに乗り上げる際に一定程度、減速したと思われることを考慮しても、中央分離帯上の原告車の進行方向に存在していた散水注意の看板や街灯に全く接触することなく停止したというのは不自然であると指摘しました。
さらに、原告車の左側面後方の損傷について、原告は、本件事故前、友人宅を出発する際には存在しておらず、本件事故後帰宅し、ひと眠りした後、原告車を確認した際に存在に気付いたと述べている。そうすると、本件事故に際し生じた損傷と考える方が自然であり、実際、原告は、本件事故が生じたとされる日から約1週間後、被告側の調査に対し、ハンドルを右に回して後退した際、原告車の左後方を半円のブロック(車両バリアー)に擦ったと説明していた。しかしながら、右後方への後退中に接触したのであれば、入力方向は後方からとなるはずで、11時方向からの入力により生じたとされる左側面後方の損傷の発生機序としては合致しない。その損傷の生じている範囲も車両バリアーの高さ(路面から約67cm)より上の付近(約85cm)まで及んでおり、車両バリアーとの接触で生じたとは考えられない損傷であると指摘しました。そして、この点に関する原告の説明も、陳述書及び原告本人尋問においては、左側後部が車両バリアーに当たったかどうかは覚えていない、後でみて本件事故の際に車両バリアーに当たったのかと思ったが、恐らく本件事故とは関係がないなどと変遷していると指摘しました。
一方、EDRの解析結果を原告車の衝突直前の具体的な走行態様としてみると、衝突の4.55秒前からの3秒間、衝突地点の約60.07m手前の付近から約21.6m手前までの約38.47mの間についてはハンドルを右に3度傾け続けながら進行し、その後、衝突地点の約14.72m手前から約7.71m手前までの間はハンドルを左に12度から48度まで反転させており、衝突直前に右に6度の位置まで切り戻して進行したことになる。原告車がその主張どおり中央分離帯に衝突したことを前提にして、EDRから解析された走行態様を本件事故現場の手前に復元すると、おおよそ下図のようになると認められ、少なくとも、第2車線を直進してきてそのまま中央分離帯に衝突したとする形態とは一致しないと指摘しました。
また、原告車の損傷状況からして、本件事故現場から帰宅することが不可能とはいえないにしても相当の困難が伴うことも踏まえると、本件事故現場で本件事故が生じたとする原告本人の述べるところは採用することができず、原告車が東西道路の東行き車線の第2車線を走行してきて本件交差点出口側の中央分離帯に衝突したという本件事故が生じたとは認め難いというべきであると指摘しました。
こうして裁判所は、原告車の損傷が、本件保険契約の約款に定める「事故」により生じた損害であることが認められないと判断しました。
【ポイント】
申告事故態様と客観的な損傷状況との整合性について丁寧に判断した裁判例といえるでしょう。また最近検討することの増えてきたEDR(イベントデータレコーダー)についても判示しており、その点も参考になります。
ガードレールに接触する自損事故の発生を否認して請求を棄却した事例として以下のものがあります。
東京高等裁判所令和4年8月9日判決(自保ジャーナル2138号)は、Y運転のX所有乗用車にXが同乗して走行中、ガードレールに接触する自損事故により、Xが受傷し、X車が損傷したとする事案につき、Xの供述の信用性を否認し、本件事故の発生について、合理的な疑いをさしはさまない程度にまで立証されているとは認められないとして、本件事故の発生を否認しています。