東京地裁 令和5年3月20日判決
車両に急後退され右足を轢過され11級9号右足背痛等を残したとする原告の右足には骨折等の器質的変化は認められず、事故態様は右足の状態と整合しないとして轢過を否認した
解説
【事案の概要】
原告は、路上で原告車両を後退中、後方に駐車していた被告車両にクラクションを鳴らされたことから、降車して抗議していたところ、被告が被告車両を急後退させて右足を轢過され、右足リスフラン関節捻挫、右足部挫傷等の傷害を負ったとして、約1年2ヶ月間通院しました。自賠責は後遺症非該当でしたが、原告は、右足背痛、右足背の知覚過敏等から11級9号後遺障害を残したとして、約1900万円を求めて訴えを提起しました。
裁判所は、原告の右足には骨折等の器質的変化は認められず、原告主張の事故態様は右足の状態と整合しないと右足の轢過を否認して、請求を棄却しました(控訴後和解。自保ジャーナル2157号125頁)。
【裁判所の判断】
事故態様について、原告は、「被告が被告車の右フロントタイヤで原告の右足を蝶過し、乗り上げた状態でハンドルを切ったことにより、原告の右足の上でタイヤが横になじられ、ぐりぐりと原告の右足を踏みにじった」と主張していました。
これに対して、裁判所は、「本件事故が発生したとされる時刻の直後に撮影された原告の右足の写真では、原告が着用していた白色スニーカーの右足甲部分や先端部付近に、黒色の筋状の跡が薄く印象されていたのみであり、確かに黒色の筋状である点で被告車のタイヤに刻まれた溝による可能性は否定できないものの、本件事故当日が雨天であったことを考慮しても、本件事故以前に同スニーカーに存在していたと考えられる汚れと明確に判別することができない」と指摘しました。
また、「原告は、本件事故直後、B病院に搬送されたが、原告の右足について、レントゲン撮影結果では明らかな骨折はなく、軽度の腫脹はあるものの、左右差はほぼなく、発赤もないこと、外果上方に軽度圧痛を認めるがその他に明らかな圧痛はないこと、運動障害、感覚障害、末梢冷感及び活動性出血はないことが確認されている」とし、「具体的な重量は判然としないものの、相当の重量がある被告車が、柔らかい布地のスニーカーを着用しただけの足に乗り上げた場合、乗り上げられた患部にはその後に腫脹や発赤等の変化が生じる蓋然性は高いが、本件事故直後の原告の右足の状況は上記のとおりであり、被告車の右フロントタイヤが乗り上げたことによることと整合していない」と判断しました。
さらに、裁判所は、「原告は、被告車の右フロントタイヤが右足に乗り上げただけでなく、右足の上でタイヤが横になじられて、ぐりぐりと右足を踏みにじったと主張するのであるから、被告車の右フロントタイヤが右足に乗っていた時間は一定程度あっただけでなく、被告車がかかる動きをとった場合、原告の右足が受ける衝撃は相当に大きいものであり、その結果として原告の右足には骨折等の器質的変化が生じる蓋然性がより高いものといえるが、上記のとおり、原告の右足には骨折等の器質的変化は認められておらず、原告が主張する事故態様は原告の右足の状態と一層整合しないものとなっている」等から、「被告車が原告の右足を轢過したことは認めることができない」と右足の轢過を否認して、請求を棄却しました。
【ポイント】
事故による受傷を否認した裁判例では、事故状況(軽微性)、被害者主張の傷害発生の機序、事故態様と傷害との整合性、以上をふまえた当事者供述の信用性などを総合的に判断しています。
例えば、大阪地裁令和3年7月9日判決(自保ジャーナル2107号)は、駐車場内の通路を歩行中、被告乗用車に右足を轢過され、後方に仰け反る動作をしたことから、頚椎捻挫、右足捻挫、両肩捻挫の傷害を負ったとする原告の受傷の有無につき、被告車両に右足趾を轢過され、負傷したとする原告の供述は信用できないと否認して、請求を棄却しました。
東京高裁令和4年3月9日判決(自保ジャーナル2125号)は、歩道上で佇立中の原告(40代男子)が、自転車を押して歩行してきた女子の左肘に、原告の左上腕部を接触され、頸椎捻挫及び上腕挫傷の傷害を負ったと主張する事案につき、接触は相当軽微なものと認められ、診断の根拠は原告の愁訴のみ等から、本件事故による受傷を否認しました。
大阪高裁平成27年10月9日判決(自保ジャーナル1959号)は、ランニング停止時の原告(10代男子)が失神・転倒した際に、被告車両に接触されたとする主張につき、原告の右顔面全体が車輪に接触したなら、車輪にその痕跡が残らないのは不可思議であり、左顔面が無傷というのも不自然極まりないとして、被告車両との接触を否認しました。