名古屋地方裁判所 令和6年10月9日判決
50代男子個人事業主主張の7級4号右膝痛を12級13号と認め役員報酬額を基礎収入に10年間14%の労働能力喪失で後遺障害逸失利益を認定し右膝内側半月板損傷は経年性変性が相当進んでいたと7割の素因減額を適用した
解説
【事案の概要】
内装工事等を請け負う個人事業主の原告(50代男性)は、普通乗用車を運転して直進中、被告運転の対向普通乗用車が右折してきて衝突され、右肘挫傷、右股関節・右膝関節打撲、右膝内側半月板損傷等の傷害を負い、3日入院含め約1年間通院し、右膝痛等から7級4号後遺障害を残したとして、既払金を控除し、物的損害約56万円を含め約2770万円を求めて第1事件を提起しました(第2事件は被告に保険金を支払った損保の原告に対する求償金請求)。
名古屋裁判所は、原告主張の7級4号右膝痛を12級13号と認め、役員報酬額を基礎収入に10年間14%の労働能力喪失で後遺障害逸失利益を認定し、右膝内側半月板損傷は経年性変性として7割の素因減額を適用しました(第1事件控訴後和解。自保ジャーナル2187号49頁)。
【裁判所の判断】
裁判例は、後遺障害について、原告は右膝の痛みを現在も有しており、その原因は右膝内側半月板損傷であるといえ、客観的にその痛みの原因が立証されている。これは後遺障害等級12級13号相当の症状が残存しているといえ、労働能力は10年にわたり14%喪失したとするのが相当であると判断しました。
次に、裁判所は、休業損害について、原告は、本件会社からの1年間の報酬減額を休業損害であると主張し、これは原告が働けなくなったために本件会社の売上が減少したためであると主張する。しかし、原告が本件会社以外からの収入があると述べていたにもかかわらず、原告の確定申告書を提出しないため、本件会社の報酬減少分を直ちに原告の休業損害と認めることはできない。
また、本件会社は原告の1人会社であることから、本件会社からの報酬の減少が本件事故と因果関係があるか慎重に検討する必要がある。原告の提出する本件会社の収益減少の根拠とする書証は鉛筆による手書きで記入されたものであり、削除、加筆の跡も多数あり、同書証の数字を裏付ける書類の提出も一切なく、その信用性を認めることはできない。
さらに、原告は新型コロナウイルス流行の影響で仕事がない旨を原告加入の保険会社に話していたことに鑑みると、仮に本件会社が減収していたとしても、その減収が本件事故による影響であるのかも疑問が残る。したがって、およそ原告に本件事故による減収があったと認めることはできず、原告の主張は採用することができないとしました。
そして裁判所は、素因減額について、本件事故は原告車両に凹みを生じさせるものではあったものの、その規模が大きなものであったとはいいがたく、肘以外には外傷所見といえるものはないため、手術を要し、症状固定に1年もの期間を必要とするほどの衝撃を与えたものではない。
B病院の主治医は原告の症状が交通事故によるものか不明とし、C病院及びD病院の主治医は、原告の右膝内側半月板損傷や痛みの症状について変性であることを指摘していること、加齢の影響が大きい旨をC病院が指摘していることからすると、原告の通院が長期化した理由の多くは経年性の変性であると認められる。さらに、原告は受傷していなかった左膝についても痛みを訴え始めたことからも、原告の膝は、本件事故時点で痛みがなかったにすぎず、経年性の変性が相当に進んでいたといえる。したがって、右膝内側半月板損傷は経年性の変性によるものであり、これにより原告の症状が増悪し、遷延化したのは明らかであり、その程度は本件事故との因果関係を疑わせるほど大きかったといえ、原告の損害全体について、素因減額を70%の割合で認めるのが相当であると判断しました。
【ポイント】
素因減額が争われた事例として以下のものがあります。
名古屋地方裁判所令和4年9月30日判決(自保ジャーナル2138号)は、40代男子原告の右肩腱板損傷につき、加齢等の何らかの原因により変性を生じていた原告の右肩腱板の弾性等が低下することにより腱板断裂の発症可能性が高まっていたところに、被告車両ドアミラーの接触により、原告の右肩腱板損傷が生じたと認められるとして、7割の素因減額を適用しました。
さいたま地方裁判所令和5年6月22日判決(自保ジャーナル2160号)は、頚椎椎間板ヘルニアを有する50代男子原告の素因減額につき、原告の頚部に生じた衝撃は大きいものではなく、外傷性の異常所見が認められない程度であったものの、直ちに手術が選択されたことからすれば、本件事故時点において、原告の頚椎椎間板ヘルニアは脊髄を圧迫するほどに進行していたとして、5割の素因減額を適用しました。
静岡地方裁判所令和4年12月1日判決(自保ジャーナル2144号)は、50代男子原告の素因減額につき、原告には、本件事故以前の圧迫骨折による変形障害(既往障害)があり、本件事故後に生じた原告の頚部痛及び右上肢の痺れ等の各症状は、既往障害により生じたものである等から、原告の既往障害が本件事故後遺症状に影響しているとして、4割の素因減額を適用しました。

