横浜地方裁判所 令和7年1月16日判決
9級11号腎臓障害及び12級5号左寛骨変形癒合の併合8級を残す50歳男子調理師は今後もう一つの腎臓機能を喪失した場合に甚大な不利益を負うと35%の労働能力喪失で後遺障害逸失利益を認定した
解説
【事案の概要】
原告(50歳男子調理師)は、信号のない交差点を自動二輪車を運転して直進中、普通乗用車が右方の一時停止路から進入してきて出会い頭衝突され、左腎損傷、脾損傷、左寛骨骨折等の傷害を負い、約60日入院、約2年間通院し、9級11号腎臓障害、12級5号左寛骨変形癒合から併合8級後遺障害を残し、既払金を控除した約3100万円を求めて訴えを提起したものです。
横浜地方裁判所は、原告の9級11号腎臓障害の労働能力喪失率を35%と認め、60歳までは事故前年年収、67歳までは200万円を基礎収入に後遺障害逸失利益1245万5805円を認定しました(確定。自保ジャーナル2190号17頁)。
【裁判所の判断】
裁判所は、労働能力喪失率について、本件事故によって左側の腎臓の機能が喪失するという後遺障害等級9級11号に該当する腎臓障害の後遺障害と、左寛骨骨折後の著しい変形癒合という後遺障害等級12級5号に該当する後遺障害が残存したことは当事者間に争いがなく、これらを併合すると、後遺障害等級8級相当と評価されることについても当事者間に争いがない。
もっとも、原告においては上記腎臓障害による自覚症状が特になく、変形癒合による症状も、左大腿外側の違和感や、VAS(視覚的アナログスケール)も10段階の痛みのうちの1と評価される程度の痛みにとどまる。原告の診療録や原告の主治医の回答書を見ても、これらの評価を覆すに足りる記載はなく、腎臓障害についても、日常生活において脱水に注意するとか、肺炎球菌ワクチンなどを定期接種するなどの負担にとどまり、上記各後遺障害によって原告にいかなる労働能力の喪失が生じるのかは必ずしも明らかでない。
しかし、腎臓は生命や健康維持のための根幹となる臓器であって、体内に2つ存在するものの、その1つの機能が喪失すれば、残りは1つになるのであって、原告において、今後、病気などによって残り1つの機能が喪失するような事態になれば、人工透析等の治療を受け続ける必要が生じ、就労不能になる可能性が否定できない。原告は、本件事故によって、左側の腎臓の機能を失っているところ、残存する右側の腎臓1つによって自覚症状がなく日常生活を送ることができるとしても、本件事故がなければ、今後病気等で1つ腎臓の機能が失われたとしても、残りの1つの腎臓で生活できたにもかかわらず、本件事故によって左側の腎臓の機能が失われた結果、今後もう1つの腎臓の機能が失われた際、労働能力が100%喪失する可能性もあるのであって、このような原告の不利益を無視することはできない。仮に、1つの腎臓機能の喪失では労働に支障が生じないとして原告の労働能力の喪失を否定すると、原告が今後、加害者のいない病気等でもう1つの腎臓機能を喪失した場合、その甚大な不利益をもっぱら原告に負わせることとなるのであって、明らかに不合理である。
そうすると、後遺障害等級9級に該当する原告の腎臓障害については、同9級の一般的な労働能力喪失率である35%の労働能力を喪失したものと認めるのが相当である。
もっとも、原告の変形癒合の後遺障害については、上記の通り、左大腿外側に違和感があったり、VAS(視覚的アナログスケール)も10段階の痛みのうちの1と評価される程度の痛みがあったりするにとどまっている。また、本件事故の前年である平成30年の原告の収入が約430万円であるところ、その後の原告の収入の経緯を見ても、令和元年が約350万円、令和2年が約390万円、令和3年が約320万円、令和4年が約360万円と、平成30年の収入と比して、35%もの減収には至っていないことが認められる。そうすると、原告の変形癒合の後遺障害については、腎臓障害によって認められる上記35%に加算するような労働能力の喪失はなかったものと認めるのが相当である。
以上によると、原告の腎臓障害と変形癒合の後遺障害による労働能力喪失率は35%と認めるのが相当であると判断しました。
そして、裁判所は、基礎収入額と労働能力喪失期間について、原告の勤務していたホテルの定年は60歳であるものと認められるところ、症状固定時に52歳であった原告において、60歳までの8年間(年5%のライプニッツ係数:6.4632)は少なくとも本件事故の前年である平成30年の年収である約430万円を得られた蓋然性が認められる。
また、上記ホテルにおいては、定年後もシニアパートナー(契約社員)や専門型契約社員として65歳まで時給制又は月給制により再雇用される制度があるところ、原告が定年後に他の会社で勤務する可能性も考慮すると、61歳から67歳までの7年間(年5%のライプニッツ係数:10.3797-6.4632=3.9165)は、少なくとも200万円の収入を得る蓋然性があったものと認めるのが相当であり、これを超えた収入を得ると認めるに足りる証拠はないと判断しました。
こうして裁判所は、原告の後遺障害逸失利益は、1245万5805円と認められると判断しました。
【ポイント】
左側の腎臓機能の喪失について、自賠責の認定した後遺障害等級9級11号に基づいて、9級の喪失率35%を認めた裁判例です。ただし12級5号左寛骨変形癒合については喪失率の加算を認めませんでした。
腎臓については生命や健康維持のための根幹となる臓器であることをふまえて、等級通りの労働能力喪失率を認める裁判例が見受けられます。
例えば、横浜地裁川崎支部平成28年5月31日判決は、女児(固定時3歳)の左腎機能全廃(自賠責13級11号)について、残存する右腎臓にできるだけ負担をかけない生活上の不利益を受け、あるいは就労上の配慮を要するとして、18歳から67歳まで9%の労働能力喪失を認めています。