東京地方裁判所 令和7年3月31日判決
事故と右股関節唇損傷及び変形性股関節症との因果関係を認め、人工股関節全置換術から10級11号右股関節機能障害を認定し、右股関節の寛骨臼形成不全の既往から4割の素因減額を認めた
解説
【事案の概要】
原告(40代女性)は、被告運転の車両に追突され、頸椎捻挫、右股関節捻挫、右股関節唇損傷、右変形性股関節症等の傷害を負い、入院含め約3年8カ月間通院し、変形性股関節症から人工股関節全置換術を行い右股関節に8級相当の後遺障害が残存したとして、既払金を控除し、物的損害含め約4270万円を求めて訴えを提起したものです。
東京地方裁判所は、本件事故と右股関節唇損傷及び変形性股関節症との因果関係を認め、10級11号右股関節機能障害を認定した上、事故前から有する右股関節の寛骨臼形成不全から4割の素因減額を認定しました(確定。自保ジャーナル1296号36頁)。
【裁判所の判断】
裁判所は、以下のように医師の証言から認定しています。
まず、右股関節唇損傷及び変形性股関節症と事故との因果関係について、丙川医師は、(1)原告の右股関節の内視鏡手術の際、同股関節の関節唇の周囲が赤くなっていたが、外傷ではなく変性による場合はこのように赤くなることはあまりない上、原告の軟骨は損傷していたものの荷重部ではなく後ろ側が損傷しており本件事故で生じたものと考えて矛盾がない、(2)そもそも、令和3年4月13日に撮影されたMRI画像においても原告の右股関節に関節唇損傷が確認できる、(3)自動車が停止している状態で後方から追突された場合、運転席にいる者の股関節には、体が前方に投げ出される力とこれに対して足を踏ん張る動作による後方への力がカウンターのように生じるため、本件のような追突事故で運転席にいた者に股関節唇損傷が発生することはよくある、(4)原告には元々寛骨臼形成不全があるため股関節唇損傷が本件事故前に生じていた抽象的な可能性はあるが、事故前には無症状であったという症状の経過や損傷の内容・程度等を踏まえると、原告の関節唇損傷が本件事故により生じた可能性は十分にあるとの意見を述べていると指摘しました。
また、丙川医師は、日本整形外科学会の専門医や股関節鏡技術認定医の資格を有するほか日本股関節学会の学術理事や国際股関節鏡学会の理事等を務めており、股関節に係る整形外科領域において十分な知識経験を有すると認められる上、丙川医師の上記(1)の意見は、実際に内視鏡で原告の股関節唇等の状況を確認した上でのものであること、上記(2)の意見は、原告の診察を担当した複数の医師の見解とも一致すること、上記(3)の意見は、被告車が制動することなく時速40km程度の速度で停止中の原告車に衝突し、原告車の後部に多額の修理費を要する凹みが生じており、原告に相当の衝撃が加わったことが推認できることや、原告が本件事故当日から右膝に痛みを訴えており、事故の衝撃で右膝をダッシュボードに打ち付けたと認められることとも整合していること、上記(4)の意見は、本件事故前には長時間歩行するような職務についていながらも股関節痛はなかったにもかかわらず、本件事故の4日後に病院を受診した際に原告が右股関節痛を訴え、その後も、一時症状が改善することはあったものの、股関節痛の症状を訴え続けていることと整合している。したがって、丙川医師の上記意見は信用することができ、同医師の意見によれば、本件事故により原告が右股関節唇損傷の傷害を負ったことが認められる。
そして、丙川医師及び辛田医師が、原告の変形性股関節症が、本件事故により生じた関節唇損傷を原因としてその症状が進行したものとの意見を述べていること、丙川医師が、股関節唇損傷の縫合手術等の前に、同手術を行っても将来的に変形性股関節症が生じることが有り得る旨説明していること、F整形外科の医師も、右股関節唇の縫合手術等の7カ月後の時点で、術後の経過はよいとしつつも今後は変形性股関節症のリスクに注意すべき点を指摘していること、上記認定の治療経過等を見ると、原告は、関節唇損傷の縫合手術の後も股関節の症状がなくなることはなかったものと認められることを踏まえると、本件事故と原告の変形性股関節症との相当因果関係が認められるというべきである。そうすると、変形性股関節症の治療のために行われた人工股関節全置換術についても本件事故と相当因果関係が認められることになる。
以上のこと等から、東京地方裁判所は、本件事故と原告の関節唇損傷、変形性股関節症及び人工股関節全置換術との間にはそれぞれ相当因果関係が認められると判断しました。
一方において、東京地方裁判所は、素因減額について40%を認めました。
原告には本件事故前から右股関節に寛骨臼形成不全(臼蓋形成不全)が存在していたことが認められ、寛骨臼形成不全がある場合は変形性股関節症へと進行する可能性が高いことが認められる。そして、股関節唇縫合手術等の7カ月後、F整形外科の医師は、術後の経過が良好であることを確認しつつも、荷重部の関節裂隙の狭小化していること、今後は変形性股関節症のリスクがあることを指摘していること、同病院の医師が令和5年9月から12月にかけて関節裂隙の狭小化が急激に進行してきているとの指摘をしていること、実際、原告の症状が令和4年12月以降、急激に悪化していることを踏まえると、原告の右股関節の変形性股関節症の発症と人工股関節全置換術を要する程度にまで症状が悪化したことについては、本件事故前から存在していた寛骨臼形成不全に起因するところも大きいものと認められる。よって、原告の損害の40%につき素因減額をするのが相当であると判断したものです。
【ポイント】
素因減額を適用した事例は実務上、事案に応じて多数ありますが、例えば、大阪地方裁判所令和3年11月26日判決(自保ジャーナル2116号)は、既往疾患として頸椎変性等による脊柱管狭窄がある場合、頸髄が頸椎等と接触し、あるいは圧迫されている分だけ外力の影響を受けやすいことは明らかであって、原告が頚髄を損傷して頸髄由来の神経症状が発現したことについては、既往疾患が相応に寄与したとして、2割の素因減額を認めています。


