東京高等裁判所 令和7年4月3日判決
9級10号脳脊髄液漏出症は起立性頭痛認められずMRI診断は「強疑」にとどまりブラッドパッチ療法による効果も限定的から本件事故による脳脊髄液漏出症を否認し後遺障害の残存も否認した
解説
【事案の概要】
反訴原告X(30代男性)は、普通貨物車を運転して走行中、対向車線から中央線をはみ出してきたY運転の普通乗用車に衝突され、外傷性頸部症候群、右手部打撲傷等の傷害を負い、入院含め約1年7カ月間通院しました。
自賠責は非該当でしたが、脳脊髄液漏出症に罹患して9級10号後遺障害を残したと主張して、既払金を控除し約4360万円を求めて訴えを提起したものです。
一審静岡地方裁判所掛川支部は、本件事故による脳脊髄液漏出症の残存を否認し、後遺障害の残存も否認しました。
X控訴の二審東京高等裁判所も一審判決を維持し、Xの控訴を棄却しました(上告中。自保ジャーナル2197号18頁)。
【裁判所の判断】
一審裁判所は以下のように、判断して後遺障害を否認しました。
脳脊髄液漏出症について、反訴原告は、本件事故後、日常生活においても困難を感じ、1日中ほとんど寝て過ごすことが多くなったこと、従前の勤務先に通勤することもできないか、通勤してもすぐに帰宅せざるを得ない状況になって、退職したことまでは否定し難い。
しかしながら、脳脊髄液漏出症へのり患は、後遺障害認定において2度にわたり否定され、鑑定報告書においても、脳脊髄液漏出症に特有の起立性頭痛の症状が認められず、硬膜外の液体貯留も確認されていないとして、否定されている。
また、当初から客観的な所見はなく、症状の申告の経緯としても、主に頸部痛や背部痛を訴えており、吐き気について明確に申告したのは、本件事故から約半年が経過しようとする令和元年5月である。
さらに、反訴原告は、職場には自動車を運転して出勤することすら困難であったが、D整形外科への通院においては、何度も長距離を運転して行くなど、症状が現れる場面にむらがある。反訴原告は、心理的影響の可能性を疑われ、E病院へ通院したものであるが、その際、本件事故以外の婚姻生活や勤務先のストレス要因について言及しているし、また、器質的要因を排除するための耳鼻科への通院を勧められても、結局、これをしないままとなっている。これらを踏まえると、本件事故以外の要因を排除することができない。
加えて、反訴原告に対しては、ブラッドパッチ療法による効果も限定的というべきである。
以上のことからすると、反訴原告に対しては、脳脊髄液漏出症を本件事故による後遺障害として認めることができない。
二審の東京高等裁判所も、脳脊髄液漏出症について、控訴人は、本件事故の1カ月後から、脳脊髄液漏出症を疑うべき起立性頭痛が一貫して生じていた旨、医療記録上、起立性頭痛に関する記録がないのは、脳脊髄液漏出症の可能性を考慮した上で診察をしなかったためである旨主張する。
しかし、医療記録に頭痛に関する記載が登場するのは、令和元年6月3日のD整形外科からE病院への診療情報の提供の際が初めてであるところ、医師が患者の主訴を無視してカルテに記載しない事態は想定し難いこと、控訴人自身が、E病院では、事故から3カ月程度経過した平成31年3月頃から、肩こりや頭痛に悩まされていると申告していることからすると、本件事故の1カ月後から、頭痛が起立性のものであることはもとより、頭痛そのものが一貫して生じていたとも認められない。
控訴人は、F病院におけるMRI画像では、第2胸椎レベルで硬膜外液体貯留が確認され、これが静脈血でない(脳脊髄液である可能性がある)ことが確認されている旨主張する。
しかし、F病院においては、上記MRI画像上の液体貯留が静脈血ではないとしても、診断としては「強疑」にとどまるとして、確定診断を受けておらず、鑑定報告書においても、画像上、Th1-2レベルの背側に水様信号がみられるが、全周性ではなく、連続性もなく、「疑診」にとどまるとされており、上記MRI画像のみでは、控訴人が脳脊髄液漏出症を発症したとは認められないと判断しました。
そして、その他の後遺障害についても、二審裁判所は、次の通り判断しました。
控訴人に事故直後から一貫して頭痛が生じていたとは認められない。
一般に、交通事故による受傷であれば、治療を経るにつれて徐々に症状が緩和していくのが通常であるところ、控訴人の場合は、受傷当初は頸部前屈時の疼痛といった程度であった症状が、1カ月ほどすると、めまいや吐き気を感じて運転していられない状態になり、平成31年3月頃からは、肩こりや頭痛に悩まされるようになるなど、その症状は、明らかに変化ないし悪化しており、しかも、日によって症状がまちまちであるなど、一般的な症状の経過とは明らかに異なっている。
このような症状の経過については、E病院の医師が「心因反応のようなものが関係している可能性はあります」、「離婚されたことや職場に折り合いの悪い上司がいることなど、複数にわたるストレス因があるようでした」との意見を述べていることなどを併せ考えると、本件事故以外の要因が控訴人の症状に寄与している可能性があり、少なくとも本件事故による受傷のみで説明し得るものではなく、仮に、控訴人に、頸部痛、頭痛、吐き気及びめまいなどの症状が残存しているとしても、それが本件事故による後遺障害であると認めることはできないと判断しました。
【ポイント】
脳脊髄液漏出症の発症が争われた事例として、以下のものがあります。
名古屋高等裁判所令和5年2月21日判決は、40代女性主張の9級10号脳脊髄液漏出症の発症につき、画像所見が厚労省研究班基準において確定又は確実と診断されるものではなく、起立性頭痛が認められない他、2回のブラッドパッチも有効とは認められないとして、脳脊髄液漏出症の発症を否認しました。
東京高等裁判所令和4年3月16日判決は、20代女性Xの脳脊髄液漏出症の発症につき、脳脊髄液漏出の明確な所見は得られなかったことや、Xの初診時における起立性頭痛の訴えは明確でなく、ブラッドパッチ療法の実施と起立性頭痛の改善の関係も明確でない等から、脳脊髄液漏出症の発症を否認しました。


