東京地裁 令和5年2月13日判決
ジョギング中に右母趾を自転車の前輪に衝突された原告の自賠責12級12号右母趾関節機能障害の認定を14級9号右母趾痛等とし、歯科医師の事故前年報酬の8割を基礎収入に10年間5%の労働能力喪失で後遺障害逸失利益を認定した
解説
【事案の概要】
原告(40代男性)は、ジョギング中、被告が道路右側の縁石に駐輪していた自転車を道路中央付近に進行させた際、自転車の前輪が原告の右趾に衝突し、右長母趾伸筋腱断裂、右膝関節挫傷、右膝打撲等の傷害を負い、4日入院を含め、約1年7ヶ月通院しました。そして、自賠責保険において、右長母趾の関節機能障害から12級12号の後遺障害が認定され、約3900万円を求めて訴えを提起した事案です(自保ジャーナル2151号54頁)。
【裁判所の判断】
東京地裁は、後遺障害につき、原告が本件事故により右長母趾伸筋腱断裂の傷害を負い、腱縫合術を受けた結果、右母趾が他動では健側の左母趾と可動域に違いはないが、自動では可動域に違いがあることが認められるが、原告の右母趾は、伸筋腱断裂したとはいえ、抹消神経の損傷があることは認められず、シビレが残存したとはいえ、自動による可動はでき、MMTの数値を考慮しても、直ちに、自動地により可動域制限の有無を判断することが適当とはいえないと判断しました。
また、後遺障害診断書は、底屈を屈曲、背屈を伸展としても、母趾のどの関節の可動域を測定したか明らかではないし、健側の測定値が参考可動域角度と整合的でないことからも、その測定値が正確とはいい難く、直ちに、可動域に制限があると認めることはできないとしました。
さらに、医師による医療照会の回答についても、原告の右母趾の自動の可動域が回復しない原因について説明したものであり、本件事故による受傷及び腱縫合術による末梢神経損傷の可能性まで指摘するものではないから、上記認定を覆すに足りないとして、原告の右母趾について、本件事故により可動域制限が生じたことによる後遺障害が残存したとは認められないと可動域制限による後遺障害の残存を否認しました。
その上で、上記認定の原告の受傷内容及び治療経過をふまえると、原告は、本件事故により、右足背部、右母趾の痛み、シビレが継続して残存しているといえることから、14級9号に相当する後遺障害は残存したと認められると14級9号後遺障害を認定しました。
後遺障害逸失利益算定については、原告には、本件事故の受傷により、右母趾に後遺障害が残存したことで、労務に影響が生じ、経営する歯科医院の売上に減少が生じたといえ、逸失利益があると認められるとしました。
そして、原告の受傷の内容と歯科医の労務の内容を考慮すると、本件事故による後遺障害に基づく労働能力喪失率は5%が相当である他、労働能力喪失期間は、右母趾の伸筋腱の断裂に伴う痛みやシビレであることから馴化に相当期間を要することが見込まれ、10年とするのが相当であると認めました。
原告の本件事故前の年収は、報酬の約1500万円であるが、原告の経営する歯科医院には、原告の他に、月2、3回、矯正歯科の専門医が代診することを考慮すると、原告の報酬の大半が労務対価性を有するといえると判断し、報酬の8割に当たる約1200万円を基礎収入とするとして、事故前年報酬の8割を基礎収入に10年間5%の労働能力喪失により認定しました。
過失割合については、本件事故は、原告が本件道路の車道部分をジョギングのため走行中、被告が、本件建物の軒先の縁石上から被告車両を下し、被告車両の前部を転回しながら、本件道路の車道上に進出しようとした際、原告の右趾と被告車両の前輪が衝突した事故と認められるとしました。
そして、被告は、駐輪していた被告車両を転回して発進させるに際し、本件道路上の歩行者の有無及び動静を注視し、それらの進行を妨害しないようにして発進すべき注意義務があるところ、原告が本件道路を走行してきたことを認識せずに、漫然と被告車両を本件道路に進行させようとしたことから、上記注意義務を怠った過失があると認めました。
他方、原告は、進行方向の右側の建物の縁石上に被告及び被告車両がいたことを認識していたことから、被告が被告車両を下して、本件道路に進出してくることは予見できたといえ、走る速度を落としたり、一時停止したりすれば、本件事故を回避することはできたといえることから、原告にも、本件事故について過失があるといえるとして、原告の過失割合は、被告が被告車両に乗っておらずハンドルを持って押していた状態であったこと、原告が本件道路の車道上を走っていたことを踏まえれば、少なくとも原告に1割の過失があるといえると原告に1割の過失を認定しました。
なお、本判決は確定しています。
【ポイント】
歩行者と自転車の衝突について事故が増えていますが、過失については事案によって様々な判断が見受けられます。
例えば、大阪地裁平成31年1月31日判決(自保ジャーナル2046号)は、道路横断のために車道に入った原告歩行者と被告自転車の衝突につき、原告にも後方から進行してくる被告者の動静を注視して安全を確認すべき注意義務があったとしても、考慮するような過失があったとは認められないと原告の過失を否認しました。
福岡高裁宮崎支部令和2年6月3日判決(自保ジャーナル2079号)は、マンション出入口から自転車を押しながら歩道に進出した原告と右方から進行してきた被告自転車の衝突につき、原告は自転車に乗っていたわけではないから、歩行者として歩道で保護されるべきではあるが、十分に右方確認をしてから歩道に出る義務があったとして、原告に3割の過失を認定しました。
東京地裁令和2年6月15日判決(自保ジャーナル2077号)は、車道を歩行中の原告(80代女性)が後方から走行してきた被告自転車に衝突された事案につき、原告は、歩道ではなく車道を歩行しており、後方から車両が走行してくることが予想されるのであるから、その動向に注意する義務を怠った過失が認められるとして、原告歩行者に2割の過失を認定しています。