福岡高等裁判所 令和6年9月17日判決
原告主張の適応障害は症状出現が事故から4ヶ月後で診断基準に合致せず、事故1ヶ月後には自動車の運転を行って通常の回避行動がみられない等から本件事故による適応障害を否認し後遺障害の残存も否認した
解説
【事案の概要】
原告(20代女性)は、高速道路を走行する普通乗用車に同乗中、被告運転の大型貨物車に追突され横転し、外傷性腰部症候群、頸椎捻挫等の傷害を負い、19日入院を含め、約9ヶ月間通院しました。
適応障害から12級非器質性精神障害を残したと主張し、既払金約140万円を控除した約1760万円を求めて訴えを提起しました。
一審福岡地方裁判所は、本件事故と適応障害等との因果関係を否認し、後遺障害の残存を否認しました。
原告控訴の二審福岡高等裁判所も、一審判決を維持し、原告の控訴を棄却しました(確定。自保ジャーナル2181号52頁)。
【裁判所の判断】
一審裁判所は、本件事故は、被告車に追突された原告車が横転するなど、原告車の助手席に同乗していた原告に大きな精神的衝撃を与えるものであったことがうかがわれるとしました。
しかしながら、適応障害の診断基準は、ストレス因の始まりから3ヶ月以内に情動面又は行動面の症状が出現するなどとされているところ、原告がGクリニックでの診察を受けたのは本件事故から4ヶ月後の6月上旬である。原告は、この間、頭痛や吐き気を訴えたことが認められるが、頭痛や吐き気は、原告がD整形外科で診断を受けた頸椎捻挫等からも生じるものであり、D整形外科の医師は、原告から頭痛や吐き気の訴えを聞いていたにもかかわらず、5月下旬に至って初めて心療内科への紹介を行っていることに照らすと、原告が訴える頭痛等については、原告がD整形外科で診断を受けた頸椎捻挫等によって説明が可能なものと考えていたことがうかがえるとしました。
その上で、原告は、本件事故のフラッシュバックがあった旨主張しているが、D整形外科の診療録には原告が主張するようなフラッシュバックの記載はないし、本件事故から3ヶ月以内に原告が主張するようなフラッシュバックが生じていたことを認めるに足りる的確な証拠は見当たらないと指摘しました。
ストレス因の始まりから3か月以内に情動面又は行動面の症状が出現するなどとされている適応障害の診断基準に照らし、本件事故をストレス因として適応障害が生じたとみることは困難であるといわざるを得ないとしました。
Gクリニックの医師は、本件事故と原告の精神疾患との関連を示す所見について、交通事故のシーンがフラッシュバックしていることは事実であるが、通常ケースのように強い驚愕反応や回避行動は認められないとして、被害体験に対し解離のメカニズムが働いている結果ではないかと推察していることが認められるところ、原告は、本件事故の1ヶ月後には自動車の運転を行っており、Gクリニックの医師が指摘するように、原告には、通常のケースでみられるような回避行動がみられなかったことが認められるとも指摘しました。
これに加え、J病院において原告に対して実施された心理検査を総合した所見として、原告の不調は、原告の対処能力以上に問題が重なって適切な対処がされなくなって生じたものと推察されると判断されたことが認められることに照らすと、本件事故以外に原告の適応障害等の心療内科的症状の原因が考えられることになるから、本件事故と原告が適応障害との診断を受けたことに因果関係があるものと認めることはできないというべきであるとして、本件事故と原告の適応障害等の心療内科的症状との因果関係を認めることはできないと判断しました。
二審裁判所も、一審原告の主張に対し、適応障害の診断基準の信用性を否定すべき事情はなく、これによることが不相当とはいえないとしました。適応障害の特徴は、はっきりと確認できるストレス因に反応して症状が出現する点にあるのであって、症状の出現が遷延するのであれば、当該ストレス因によって適応障害を発症したとはいえないと考えられるとして、そのための基準として3ヶ月が挙げられているのであって、これをひとつの基準として判断することが不合理であるとはいえず、一審原告は、本件事故から1ヶ月後には自動車を運転しており、一審原告の適応障害と本件事故との因果関係を認めることはできないと判断しました。
そして、適応障害は、ストレス因へのとらわれと、それを解消するためのストレスへの対処の失敗によって、日常生活に支障が出るものであり、本件事故がストレス因となるのであれば、運転の距離や時間にかかわらず、運転をすること自体できなくなるというべきであるとしました。その上、一審原告には通常のケースで認められるべき強い驚愕反応や回避行動がないとなれば、もはや本件事故を原因として適応障害を発症したということはできないほか、自動車の運転という事実は、因果関係を否定する事情のひとつと位置付けられ、1審原告の主張は採用できないと判断しました。