医療関係訴訟運営改善協議会を開催、救急医療における医療水準について医師働き方改革もふまえて考える
目次
◆医療関係訴訟運営改善協議会とは
医療関係訴訟運営改善協議会が2019年2月8日、福岡地方裁判所で開催されました。
裁判官、患者側弁護士、医療機関側弁護士、医療機関の医師、学者らが集い、医療を取り巻く現状を共有して理解を深め、医療過誤訴訟の運営改善を図ろうという協議会です。
今年で18回目になりますが、私も都合が付く限り毎年参加するようにしています。18回目の今回は15名の裁判官、10名の医療関係者、19名の患者側弁護士・医療機関側弁護士、3名の大学教授らが参加しました。
◆福岡地裁医療集中部における統計
協議会の冒頭では福岡地方裁判所医療集中部(第3民事部)における医療過誤訴訟の統計報告が行われました。福岡地裁が把握している医療過誤訴訟の最近の統計概要は以下の通りでした。
平成30年の新たな提訴数は25件となっており、平成29年の34件より減少しています。また既済件数は36件、未済件数は53件でした。
過去10年間分(平成21年から平成30年)の終局事由でみると、認容判決は5%、棄却判決は17%、和解が70%、その他(放棄・取下げ・移送等)9%になっています。
同じく過去10年分の平均審理期間は21・7か月になっています(判決は26・8か月、和解は22・3か月)が、鑑定を実施した事件の平均審理期間は46・8か月(平成30年)とやはり長期化する傾向にあります。
既済事件の診療科目(過去3年)としては、多い順に、内科19件、外科16件、歯科10件、整形外科9件、精神科8件、産婦人科7件、その他(美容含む)7件となっています。
最高裁が公表する全国的な傾向とほぼ軌を一にするといえます。ただ判決までに至るケースは少なく、判決になるケースは患者側にとって全国平均よりも厳しい傾向にあるようです(ただし和解との絡みもありますので一概には論じられないでしょう)。
◆救急医療の現状
医療関係訴訟運営改善協議会では、毎年、テーマを決めて、医療機関、裁判所、患者側弁護士、医療機関側弁護士から発表して、意見交換を行います。ちなみに特定の事件について取り上げるものではありませんし、何か方針を決める場でもありません。
今年のテーマは「救急医療における医療水準」ということで、まず30年来救急医療に取り組むM医師からの発表がありました。
M医師は救急診察でのポイントして、緊急性と重症度から見逃してはいけない疾患を除外することだとした上、除外出来なければ、「入院」「経過観察」「翌日必ず受診(ただし増悪時には直ちに)」となると指摘。急性虫垂炎、急性大動脈解離、急性心筋梗塞・狭心症、めまい、高齢者の腹痛など具体的症例に基づいてポイントが分かりやすく説明されました。
また救急外来は、限られたスタッフによって生死に関わる疾患をみることになり、時に患者の協力が得られなかったり、緊急性から説明不足になり、患者・家族も突然の事態で平常心ではないことから、「救急外来は医療訴訟の温床」となりかねないとの指摘がありました。
その上で、救急外来での診療のコツとして、「患者さんは自分の親・兄弟と思って診察する必要がある」「救急外来の担当者は、病院を代表している」「普段から同僚とも良い人間関係を築いてコミニュケーション能力を高めておく」「知識を入手し、自ら考え、批判的吟味をする」ということが上げられました。
◆医師の働き方改革との関係
また協議会では「救急医療の問題は医師の働き方改革と関連している」との指摘がなされ、その実情についても報告と意見交換が行われました。
例えば救急医療に内在する特徴として、多くの患者が「急に具合が悪くなる」ということがあります。つまり、平日が年間240日、日勤8時から17時であるとすると、実に4分の3の患者が時間外に救急外来に訪れる計算になるため、医療現場の負担感は大きいわけです。
「医師の働き方改革」がようやく社会的に取り上げられるようになったものの、それに逆行するような動きもあります。例えば、厚労省は、当直明け外科医が入った手術の点数を減額すると通知を出したところ、外科系学会から人数が少なく実現不能であるとして撤回の嘆願書が出されたこともあります。
患者側として医療事故・医療過誤の相談を受けていると、医療現場の疲弊が患者の不信に繋がったケースが結構、見受けられます。
例えば私自身も依頼者から「家族の手術直前に大きな移植にかり出されていたがそれが影響していないか」「当直明け手術といっていたが問題ではないか」「夜中の状態変化について看護師が夜中、医師への連絡を控えたのは問題ではないか」という訴えを受けたことがあります。
医師の働き方改革というと、つい医師というエリート層内部の問題だと距離をおいて捉えられがちですが、私達患者の安全・受ける治療の医療水準を維持するためには、私達自身の身にふりかかる問題だという意識をもっていくことが必要になりでしょう。
◆救急医療における医療水準
さて協議会の後半では、裁判所・患者側弁護士・医療機関側弁護士がそれぞれ裁判例・医療水準の考え方・私見などについて発表した後、忌憚のない意見交換が行われていきました。
医療水準については、代表的な最高裁判例として昭和57年3月30日判決(集民135号563頁)が「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である」と判断しており、あらゆる医療過誤訴訟の基準になっています。この理は救急医療の医療水準にも当てはまることになります。
一方、救急医療の場合には以下の2つの視点が避けて通れません。
まず、救急医療における医療水準は、その救急医療機関の種別に応じた人員や設備、その救急医療機関の所在する地域の救急医療体制の特性等を前提とすべきであり、救急医療機関に不可能を強いるものであってはならないということです。
最高裁平成7年6月9日判決(民集49巻6号1499頁)が「(医療水準を決するにあたっては)当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべきであり、右の事情を取捨して、すべての医療機関について診療契約に基づき要求される医療水準を一律に解するのは相当でない」と判示しているのも同じ文脈で理解できます。
ただそれは救急医療という一事をもって医療水準を低くしたり免責されるということではなく、医療機関にはいわゆる転院義務が課せられることになっていくわけです。
つまり、医療機関の限界や専門分野外であるという制約によって、医師が一定の診療行為を実施できないこと自体はやむを得ないことであるとされるものの、より高度の医療機関にとって当該診療行為を行うことが医療水準となっているのであれば、その医療機関に対して転医・転送することが注意義務となるわけです。
私自身、救急の協力医に話を聞く機会も多くありますし、また、「救急医療における医療安全」というテーマについて看護学校で講義していたこともあり、復習もかねて興味深く参加することができました。
投稿者プロフィール
- 弁護士古賀克重です。1995年に弁護士登録以来、患者側として医療過誤を取り扱っています。薬害C型肝炎訴訟の弁護団事務局長として2008年の全面解決を勝ち取りました。交通事故も幅広く手掛けており、取扱った裁判が多数の判例集で紹介されています。ブログではその主たる取扱い分野である医療過誤・交通事故について、有益な情報を提供しています。