薬剤の過量投与の指示に対し疑義照会しなかった薬剤師の法的責任
医師の薬剤の過量投与の指示に対して、疑義照会をしなかった薬剤師は法的責任を負うのか。
東京地裁平成23年2月10日判決(判例時報2109号56頁)は、薬剤師は医師の処方指示に対して、その内容についても確認し、疑義がある場合には処方医師に問い合わせて照会する注意義務があるとして、薬剤師の法的責任を認めました(一審で確定)。
事案は、常用量の5倍のベナンバックスが3日間連続で投与された患者が死亡したものです。
ベナンバックスはカリニ肺炎の治療剤。能書では、「体重1キログラムあたり4ミリグラムを1日1回投与」と明記されているにもかかわらず、1日あたり900ミリグラム(体重にして225キログラムの人間に対する投与量)を投与していました。
薬剤師法24条は、「薬剤師は、処方せん中に疑わしい点があるときは、その処方せんを交付した医師、歯科医師又は獣医師に問い合わせて、その疑わしい点を確かめた後でなければ、これによって調剤してはならない」と定めています。
同判決は、この薬剤師法は、その用法・用量が適正か否か、相互作用の確認等の実質的な内容にも及ぶものであり、処方せんの内容に疑義があれば、医師に問い合わせて照会をすべき注意義務があるとしたものです。
なお、当該医療機関は、医薬品の用量や医薬品の相互作用のチェックを行うオーダリングシステムを導入していましたが、一回量の設定はしていなかったために警告機能が働かなかったようです。
同判決は、このシステムについて一定の配慮をみせ、薬剤師がオーダリングシステムの機能等について十分理解し、当該システムが正常に機能することを信じて業務を行い、かつ、当該システムが正常に機能する技術的担保があるなど、正常に機能することを信じるにつき正当な理由がある場合には、薬剤師は、同システムを信じて業務を行えば足りて、免責されるとしました。
ただし具体的なあてはめでは、薬剤師が同システム上、いかなる項目がチェックされているか明確な認識を持っていたと認められないことなどから、正当な理由がなく、過失があると判断しています。
薬剤師は限られた時間の中で大量の処方を行うわけですが、医師の処方やオーダリングシステムに全面的に依拠するだけでなく、専門家としての知見を最大限発揮すること(少なくともその準備や努力)を求めるように警笛を鳴らす判決といえるでしょう。
なお損害としても2か月ないし4か月程度の余命を失ったことの慰謝料として、1600万円の慰謝料を認容しており、実務上、参考になります。
目次
投稿者プロフィール

- 弁護士
- 弁護士古賀克重です。1995年に弁護士登録以来、患者側として医療過誤を取り扱っています。薬害C型肝炎訴訟の弁護団事務局長として2008年の全面解決を勝ち取りました。交通事故も幅広く手掛けており、取扱った裁判が多数の判例集で紹介されています。ブログではその主たる取扱い分野である医療過誤・交通事故について、有益な情報を提供しています。
最新の投稿
医療過誤・医療ミス 歯科2025年8月12日腎機能低下患者へ抗菌薬の常用量を処方、歯科ヒヤリ・ハット通信3号
C型肝炎2025年7月30日薬害肝炎全国原告団弁護団と福岡資麿厚生労働大臣との大臣協議を開催
未分類2025年7月17日自転車の歩道通行に青切符、改正道路交通法で反則金が導入
医療事故2025年4月18日カリウム製剤を急速静注し患者が心停止した事例が報告、医療安全情報221号