腎機能低下患者へ抗菌薬の常用量を処方、歯科ヒヤリ・ハット通信3号
目次
歯科ヒヤリ・ハット事例の収集へ
公益財団法人日本医療機能評価機構が、「歯科ヒヤリ・ハット事例収集等事業」を創設し、2023年10月から歯科診療所のヒヤリ・ハット事例を収集しています。
収集した事例については、「報告書」として公表されるほか、「歯科ヒヤリ・ハット事例検索」も可能になっています。
歯科のみのヒヤリハット事例の収集を行うことによって、多数の報告事例を共有し、再発防止策を浸透させていくことが期待されています。
腎機能低下患者に対して抗菌薬の常用量を処方
歯科ヒヤリハット通信も開始しており、2024年10月に通信1号が公表されました。

通信3号で取り上げられた事例は、腎機能低下患者に対して抗菌薬の常用量を処方したというものです。
2年前に智歯を抜歯した患者(30代)が再度来院し、他の智歯の抜歯を希望しました。歯科医院は改めて既往歴を聴取し、治療中の疾患がないことを確認しました。そして埋伏智歯抜歯術後に、腎機能に応じて投与量の調整を要する抗菌薬を常用量で院外処方してしまったものです。
幸いにして薬局の薬剤師が患者の腎機能が低下していることに気付き、処方内容について疑義照会があり、減量できた事案です。
事故の背景としては、既往歴を聴取内容のみで判断してしまい、お薬手帳を確認しなかったことがあげられます。また、年齢が30代と若いため、腎機能が低下しているとは考えなかったというものでした。
再発防止策としては
再発防止策としては、以下のものが提言されてています。
まず、抗菌薬や非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)には、腎機能が低下した患者に注意が必要な薬剤があります。
例えばロキソニンは、重篤な腎障害のある患者には禁忌になっています。また腎障害又はその既往歴のある患者には慎重投与になっています。
したがって処方する前に患者の腎機能を把握し、患者の腎機能に応じた用法・用量で処方する必要があります。
そのため、既往歴を聴取する際は、病歴を確認するだけでなく、検査値(Ccr、eGFR 等)を確認することも求められます。
歯科における薬剤投与の裁判例
歯科医の治療中の薬剤投与に関する裁判例は、少なからず報告されています。
また本件にように容量間違いではありませんが、そもそも禁忌だった患者に投与してしまった事例もあります。
例えば、福岡地裁平成6年12月26日判決は、アスピリン喘息患者が歯科医師の投与したロキソニンによりアスピリン喘息発作を生じ窒息死した事案について、アスピリン喘息患者に対するロキソニンの投与が禁忌であることを知らなかつた歯科医師に、薬剤に関する知識修得についての研鑽義務違反、問診義務違反、薬剤の投与における注意義務違反を認めて、不法行為に基づく損害賠償を命じています。
同判決は「そもそも、医師が患者に対して薬剤を投与しようとする場合には、薬剤は、一方では特定の疾病ないし病状に対しては有効であるものの、他方では副作用等身体に悪影響を及ぼす危険性を常に有するものであるのだから、医師としては、その業務の特殊性からして、まず、予め当該薬剤に関する知識を当時の最先端に及ぶ範囲のものまで、薬剤に添付されている使用説明書にとどまらず他の医学文献等あらゆる手段を駆使して修得しておかなければならないといういわゆる研鑽義務を負っていることはいうまでもないばかりでなく、現実に薬剤を投与するにあたっては、右研鑽により修得した知識に基づき、患者が当該薬剤の投与が禁忌とされている者に該当するか否かに関する事項を患者等から詳細に聞き出さなければならないという問診義務をも負っているものといわなければなら」ないと認定しています。
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投稿者プロフィール

- 弁護士
- 弁護士古賀克重です。1995年に弁護士登録以来、患者側として医療過誤を取り扱っています。薬害C型肝炎訴訟の弁護団事務局長として2008年の全面解決を勝ち取りました。交通事故も幅広く手掛けており、取扱った裁判が多数の判例集で紹介されています。ブログではその主たる取扱い分野である医療過誤・交通事故について、有益な情報を提供しています。
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