交通事故判例百選が18年ぶりに改訂、「交通事故と医療事故の競合」など42判例が差し替え・追加
目次
判例百選が18年ぶりに改訂
交通事故判例百選が18年ぶりに改訂されて第5版が刊行されました。
交通事故訴訟の論点はほぼ成熟してきており、「第4版は交通事故損害賠償法の集大成である」とされていました。
ですが様々な新しい論点が登場するととともに、既存の論点について再検討が迫られる状況も生じていました。
かかる状況をふまえて今般、大幅な改訂が行われたということになります。
改訂の内容
第4版と比較すると、編者が森島昭夫氏らから新美育文氏らに代わっています。
その上で、第4版にはあった刑事の10判例が削除されて、民事判例のみになっています。
そして新規項目として29判例が追加され、同じ項目についても13件が判例差し替えになりました。合わせると42の判例が差し替えや追加になったということになります。
このように第4版の判例の4割が入れ替わることになっています。
弁護士特約の普及に伴い軽微物損事故も増えていますが、それを反映してから物損判例も5つほど追加されています(「リース車」(東京地裁平成18年3月27日)、「ペット」(名古屋高判平成20年9月30日)、「休車損」(最高裁昭和33年7月17日)、「評価損」(大阪高判平成5年4月15日)、「高額積載貨物」(大阪地判平成20年5月14日))。
交通事故と医療事故との競合
例えば判例が差し替えになった論点の一つとして「交通事故と医療事故との競合」があります(第4版・58頁・判例27、第5版・80頁・判例39)。
第5版は、第4版でとりあげた東京高裁平成10年4月28日判決の最高裁判決を取り上げたものになります。
事案は以下のようなものでした。
当時6歳の男児が市道交差点においてタクシーと衝突して頭部等に傷害を負って救急車で搬送されましたが、頭部レントゲン等の結果、「明日学校に行っても良いが体育は止めるように」「何か変わって事があれば来るように」と一般的な指示をしただけで帰宅させました。
ところが、男児は17時30分の帰宅直後から嘔吐し、いびきをかいたり、よだれを流すようになり、23時にはけいれん様の症状を示すなどしたため、翌0時17分に救急車を要請したものの、0時45分に、硬膜外血腫によって死亡しました。
原審である東京高裁判決は、交通事故と医療過誤の寄与度による賠償責任の分別を認めて、医療機関に対して1000万円余の支払を命じました(医療過誤の寄与度を5割・被害者側の過失(帰宅後の父母の経過観察)をその1割とし、交通事故の寄与度を5割・被害者側の過失(交通事故)を3割と認定)。
これに対して最高裁は、各不法行為者の負うべき責任を分別して認定したことは是認できないとして、共同不法行為としていずれからも全額の賠償を受けることができると判断したものです。
最高裁の考え方は民法719条の条文通りに素直に解釈したものであって妥当というべきでしょう。
東京高裁のような考え方を取るとと、示談交渉段階においても交通事故加害者と医療機関との間において、責任割合を定めなければなりません。被害者側としては当然加重な負担を強いられますし、逆に交通事故加害者の損保会社と医療機関の保険会社との間でも協議が必須になり、実務的には極めて困難を伴うことが予想されます。
しかも裁判にいたって被害者が勝訴判決を得ても、被告のどちらかが控訴すると応訴を余儀なくされ、法的に不安定な立場に置かれてしまいます。
その意味で最高裁は実務的にも受け入れやすい、すっきりした考え方を採用したということができるでしょう。
ただし最高裁判決後も事案によっては下級審の判断が分かれています。
今回の判例百選解説(81頁・手嶋豊教授)にあるように、例えば、交通事故と無関係な部位に結果が生じたり、説明義務違反など交通事故の受傷と無関係な法益侵害が発生した場合には、共同不法行為にならない場合も出てくることになります。
このように医療過誤と交通事故が競合した事案が実務的に難しい論点であることには変化はないといえます。
投稿者プロフィール

- 弁護士
- 弁護士古賀克重です。1995年に弁護士登録以来、患者側として医療過誤を取り扱っています。薬害C型肝炎訴訟の弁護団事務局長として2008年の全面解決を勝ち取りました。交通事故も幅広く手掛けており、取扱った裁判が多数の判例集で紹介されています。ブログではその主たる取扱い分野である医療過誤・交通事故について、有益な情報を提供しています。
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