民事裁判IT化に向けた弁護士の準備と心構え、e法廷の全国的な広がり
目次
◆取材「Web会議システムを活用する弁護士に聞く 民事裁判IT化に向けた弁護士の準備と心構え」
2020年2月に始まった民事訴訟に関する裁判手続き等のIT化(裁判IT化)は、全国拡大に向けて準備が進められています。
一方、IT利用に関して弁護士からは懸念の声もあるようです。例えば弁護士ドットコムタイムズが7月に実施したアンケートでは、「利用者が裁判を受ける権利」についての懸念点として、「IT機器の操作熟練度によって、裁判所を利用することへの格差が出てくる」との回答が27・5%にのぼったそうです。
かかる状況をうけて、弁護士ドットコムから民事裁判IT化に向けて、どのような準備や心構えが必要かについて取材を受けました。
ここではインタビュー記事をふまえてさらに補足して解説しておきたいと思います。
◆民事裁判IT化の第1歩、e法廷の全国的な広がり
民事裁判手続きのIT化は、利用者目線から「3つのe」の観点から検討が進んでいます。つまり「e提出」、「e事件管理」、「e法廷」です。
このうち、e法廷の実現は、「弁護士等の法律専門家や官公署によって、IT化されていく新しい裁判実務に親和・精通していく契機ともなるため、裁判手続等のIT化を進める第1歩として速やかな実現が必要」(2018年3月30日裁判手続等のIT化検討委員会のとりまとめ・19頁)と考えられています。
そして3つのe実現に向けた今後のプロセスとしては、3つのフェーズに分けてアプローチしてくことが相当とされています(同とりまとめ・20頁)。
フェーズ1は、法改正を経ずに現行法の下で、IT機器の整備や試行等の環境整備により実現可能になるものについて、速やかに実現を図っていくステージです。3つのeでいうと、「e法廷」の先行実現の一環といえます。
2020年2月開始した裁判IT化の「フェーズ1」は、誤解を恐れずにいえば、これまでの電話会議がウェブ会議に変わる程度のものともいえます(裁判所からの情報提供でも、現時点では、文書共有はあまり活用されていません)。
とはいえ遠隔地での裁判であっても、裁判官や相手の弁護士の様子が見えることにより、コミュニケーションを図る上での安心感が高まりました。
また、新型コロナウイルスの影響もあると思いますが、裁判所が、法改正を待たずに運用面で出頭を不要化する柔軟な姿勢を進めていると感じ、むしろこの点に強い利便性を感じています。
例えば、出廷が法定されている第1回期日は当事者の同意の上で取り消し、第2回期日を実質的な初回期日として双方ウェブ会議で開く運用も活用され始めました。また、ウェブ会議が導入されていない簡易裁判所の一部でも、これまでは余り認められなかった双方不出頭による電話会議も柔軟に採用されていると感じます。
そのほか、期日自体も出頭を前提とせずに双方弁護士ともウェブ会議ということになれば、期日が入りやすくなるメリットも指摘されています。
◆ウェブ会議の民事裁判手続きの類型
ウェブ会議を利用した裁判期日の持ち方は3つ考えられます。
①当事者の一方がウェブ会議、他方が裁判所に出頭する手続き(弁論準備手続)、②双方がウェブ会議による手続き(書面による準備手続)、③双方ウェブ会議にした上、事実上の進行協議期日(打ち合わせ)として処理する手続きです。
双方がウェブ会議の場合、つまり双方とも裁判所に出頭していない時は、民事訴訟法170条3項但書の弁論準備の要件を満たさないため、「書面による準備手続」となるわけです。
民事訴訟法170条3項(弁論準備手続における訴訟行為等)
裁判所は、当事者が遠隔の地に居住しているときその他相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、最高裁判所規則で定めるところにより、裁判所及び当事者双方が音声の送受信により同時に通話をすることができる方法によって、弁論準備手続の期日における手続を行うことができる。ただし、当事者の一方がその期日に出頭した場合に限る。
◆急増した書面による準備手続
弁論準備手続は実務的には必ずといってよいほど実施され、片方が出頭・片方が電話会議という形式でも多用されてきました。これに対してウェブ会議の導入によって著しく増加したのが「書面による準備手続」になります。
なおウェブ会議は全国的にスムーズに浸透しつつありますが、それを後押ししたのが新型コロナウイルスの感染拡大というのは皮肉な事象ともいえます。
書面による準備手続はドイツ民事訴訟法の書面先行手続を参考にして立案されました。当事者を期日に出頭させることなしに準備書面の提出等により争点整理する手続きです。例えば裁判所及び両当事者間における電話会議システムを利用して協議することが想定されていました。
つまりウェブ会議の導入にかかわらず、書面による準備手続きは3者間の電話会議として利用可能だったのですが、実務ではあまり積極的には活用されていませんでした。
民事訴訟法175条(書面による準備手続の開始)
裁判所は、当事者が遠隔の地に居住しているときその他相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、事件を書面による準備手続(当事者の出頭なしに準備書面の提出等により争点及び証拠の整理をする手続をいう。以下同じ。)に付することができる。
◆書面による準備手続の留意点
それでは「書面による準備手続」における留意点はあるでしょうか。
まず書面による準備手続は準備書面の陳述や証拠の取調べはできません。実際には口頭弁論にうつった場合にまとめて準備書面陳述、証拠の取調べを実施することになるので支障はないと思われます。
次に、裁判所と当事者間で口頭により確認しても事実上のものにすぎないことにも留意が必要でしょう。
なぜなら書面による準備手続は、準備書面に記載された主張や要約書面に記載された事項も含めて、まだ訴訟資料になっていないため、仮に相手方の主張を準備書面で認めていたとしても、自白は成立していないことになるからです(コンメンタール民事訴訟法Ⅲ・第2版・573頁など)。
期日で確認した事項で、どうしても現時点で調書に残しておくべき事項が出てきた場合には、弁論準備手続きに戻して調書に記載するか、177条が予定するように、書面による準備手続の終結後の口頭弁論において改めて確認する必要があります。
民事訴訟法177条(証明すべき事実の確認)
裁判所は、書面による準備手続の終結後の口頭弁論の期日において、その後の証拠調べによって証明すべき事実を当事者との間で確認するものとする。
◆ウェブ会議の活用状況は
当事務所では、2月からウェブ会議システムを利用し、福岡地裁、大阪地裁、神戸地裁、高松地裁において、十数件の事件で活用しました。11月には広島地裁、12月以降に鹿児島地裁も予定されています。なお十数件は事件数であり、利用回数としてはもっと多くなります。
福岡地裁では、7月時点で300件近くの実績があり、他の地裁に比べて積極的に活用しているようです。私自身は、事件の種類を問わずウェブ会議システムの利用を申し入れていますが、相手の弁護士にも反対されることもなく活用できています。
最近は、訴状送達の段階で第1回期日を一応指定するものの、被告に弁護士がついておりその了解を得られた場合には、第1回期日を取消して、ウエブ会議による書面による準備手続きに即座に切り替える運用もかなり浸透しているようです。
つまり原告事件の第1回期日でさえ、訴状陳述のためだけに裁判所に出頭することが少なくなりました。
◆ウェブ会議で多いトラブルとは
マイクロソフトのMicrosoft Teamsは安定していますので、慣れてしまえば特に問題なく運用できるでしょう。
私自身はトラブルは発生していません。相手方弁護士で多いのはつなぐつもりが、裁判当日に何らかの障害でつながらないというものです。
福岡地方裁判所と福岡県弁護士会との意見交換でも、裁判所から期日当日につながらないケースが報告されていました。
この点、裁判所が発表している「ウェブ会議等を行う際の留意事項(令和2年10月版)」でも、「(7) ウェブ会議の事前準備」として、必要に応じ,事前に当事者と裁判所の間で接続テストを実施するなどして,ウェブ会議の実施の支障の有無について確認してください。」と指摘されています。
相手方弁護士の事務所内で、Teamsの対応方針が決まっていなかったため、ウエブ会議の開始期日を待たされることがありました。事務所の中で、Teams活用に向けた見解が定まっていない場合は、早めに対応方針を決めておくと良いでしょう。
また、Teamsに慣れていない相手方弁護士が、裁判期日の当日に接続できないケースが複数回ありました。これを防ぐために、裁判所は、裁判期日の前に接続テストをすることを推奨しています。不明点があれば、書記官が丁寧に教えてくれますので、遠慮なく事前相談されると良いと思います。また当日どうしても繋がらない場合は、裁判所も柔軟に対応していて、通信障害が起きた側のみ電話会議に切り替えたりしていますので心配はありません。
その他Wi-Fiなど通信速度に限界がある場合には、画面越しの音声が途切れがちだったり、動きがぎくしゃく見えるという報告もありますので、できれば有線によって接続しておくほうが現時点では安全でしょう。
◆民事裁判のIT化の今後について
福岡地裁の裁判IT化に向けたワーキンググループは、裁判所が把握した統計数や不具合の情報や弁護士の経験を共有し、その後、会から各会員に情報提供しています。他地域に比べても福岡の弁護士はかなり積極的に活用しているようです。
それでも現状では、積極的に活用している事務所と準備が整っていない事務所に分かれていますが、裁判所は、あくまで弁護士の意向に合わせて、ウェブ会議システムを利用するかを決めています。
裁判所は、裁判IT化に対し積極的ですが、当事者や弁護士の理解を得た上で進めることにはかなり意を尽くしており、抵抗感を持っている当事者に無理強いするようなことはないと思われます。
私は訴訟件数が比較的多いため、裁判IT化によって、全国各地の裁判所に行き来する移動時間とともに、地元福岡地裁にもほとんど出頭することがなくなり、今年はかなり業務効率化が進みました。空いた時間で依頼者への手厚いフォローや事務職員とのコミュニケーション増などを心掛けています。裁判が多い弁護士であれば、業務効率が向上するため、弁護士の「働き方改革」と前向きに捉えてみることも可能でしょう。
裁判IT化の流れは、フェーズ2、そしてフェーズ3と進むにつれて、今後の裁判のあり方を変えるものとなるでしょう。弁護士はそうした将来の変化を見据えて今から備える必要があるのだろうと思います。
私の事務所ではe提出の段階を考えて、ペーパレス化をさらに進めています。もちろん現時点では紙の訴訟記録は作成せざるをえないのですが、すべての資料は基本的にデータ化してプリントアウトせずに処理していくことに、事務員にも慣れてもらっているところです。
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・「民事裁判IT化の1歩・民事裁判でのWEB会議がスタート、チームズのウェブ会議の使用感とは」(2020/4/2)
投稿者プロフィール
- 弁護士古賀克重です。1995年に弁護士登録以来、患者側として医療過誤を取り扱っています。薬害C型肝炎訴訟の弁護団事務局長として2008年の全面解決を勝ち取りました。交通事故も幅広く手掛けており、取扱った裁判が多数の判例集で紹介されています。ブログではその主たる取扱い分野である医療過誤・交通事故について、有益な情報を提供しています。