古賀克重法律事務所ブログ

福岡県弁護士会所属弁護士 古賀克重(こが かつしげ)の活動ブログです。

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ハンセン病家族訴訟の安倍内閣総理大臣談話・政府声明の評価、小泉総理大臣談話との比較とは

◆ハンセン病家族訴訟で内閣総理大臣談話が公表

 政府が2019年7月12日、ハンセン病家族訴訟の控訴断念について、安倍総理の内閣総理大臣談話と政府声明を持ち回り閣議で決定しました(首相官邸サイト)。

 首相談話は、元患者、家族への「おわび」を明記した上、訴訟への参加・不参加を問わず、家族を対象とした補償制度を検討すると表明しました。
 また、安倍首相が家族らと直接、面会するとの方針も示されました。

ハンセン病家族国家賠償請求訴訟の判決受け入れに当たっての内閣総理大臣談話(令和元年7月12日)

 本年6月28日の熊本地方裁判所におけるハンセン病家族国家賠償請求訴訟判決について、私は、ハンセン病対策の歴史と、筆舌に尽くしがたい経験をされた患者・元患者の家族の皆様の御苦労に思いを致し、極めて異例の判断ではありますが、敢(あ)えて控訴を行わない旨の決定をいたしました。

 この問題について、私は、内閣総理大臣として、どのように責任を果たしていくべきか、どのような対応をとっていくべきか、真剣に検討を進めてまいりました。

 ハンセン病対策については、かつて採られた施設入所政策の下で、患者・元患者の皆様のみならず、家族の方々に対しても、社会において極めて厳しい偏見、差別が存在したことは厳然たる事実であります。この事実を深刻に受け止め、患者・元患者とその家族の方々が強いられてきた苦痛と苦難に対し、政府として改めて深く反省し、心からお詫(わ)び申し上げます。私も、家族の皆様と直接お会いしてこの気持ちをお伝えしたいと考えています。

 今回の判決では、いくつかの重大な法律上の問題点がありますが、これまで幾多の苦痛と苦難を経験された家族の方々の御労苦をこれ以上長引かせるわけにはいきません。できる限り早期に解決を図るため、政府としては、本判決の法律上の問題点について政府の立場を明らかにする政府声明を発表し、本判決についての控訴は行わないこととしました。その上で、確定判決に基づく賠償を速やかに履行するとともに、訴訟への参加・不参加を問わず、家族を対象とした新たな補償の措置を講ずることとし、このための検討を早急に開始します。さらに、関係省庁が連携・協力し、患者・元患者やその家族がおかれていた境遇を踏まえた人権啓発、人権教育などの普及啓発活動の強化に取り組みます。

 家族の皆様の声に耳を傾けながら、寄り添った支援を進め、この問題の解決に全力で取り組んでまいります。そして、家族の方々が地域で安心して暮らすことができる社会を実現してまいります。

◆ハンセン病家族訴訟に関する政府声明

 以上のように控訴断念する一方で、政府声明も公表しました。

 控訴断念という異例の判断をしたと指摘しつつ、「本判決には、国会賠償法、民法の解釈の根幹にかかわる法律上の問題点があることを当事者である政府の立場から明らかにする」とするものです。

 控訴断念によって本件訴訟の解決を図りつつも、他の訴訟への影響を最小限にするという目的のために出されたものになります。

 以上のように国家賠償訴訟の判決について控訴断念を政治決断し、一方、内閣総理大臣談話及び政府声明を出すという手法は、2001年5月、ハンセン病違憲国家賠償請求訴訟において、小泉純一郎総理大臣(当時)が使った手法と全く同じになります。

 ちなみに2001年のハンセン病違憲国賠訴訟弁護団と今回のハンセン病家族訴訟弁護団もほぼ同一の弁護団です(代表・大分・徳田靖之、福岡・八尋光秀、熊本・国宗直子ほか)。

◆ハンセン病違憲国賠訴訟における小泉総理大臣の談話との比較

 小泉総理大臣談話は以下の通りです(厚労省サイト「ハンセン病に関する情報ページ」参照)。
 比較してみると、今回の安倍総理大臣談話は、小泉談話の流れをほぼ踏襲し、また基本的な中核フレーズについてもそのまま利用していることが分かります。

 つまりまず冒頭で「極めて異例の判断ではありますが、敢えて控訴を行わない旨の決定をいたしました」と述べます。
 次に、「私は、内閣総理大臣として、また現代に生きる1人の人間として、・・様々な苦しみにどのように応えていくことができるのか・・真剣に考えてまいりました」(小泉)、「私は、内閣総理大臣として、どのように責任を果たしていくべきか・・真剣に検討を進めてまいりました」(安倍)と述べます。

 その上で、「今回の判決では、いくつかの重大な法律上の問題点があります」が、「ハンセン病問題についてはできる限り早期に解決を図ることが今最も必要なことであると判断するに至った」(小泉)、「これまで幾多の苦痛と苦難を経験された家族の方々のご労苦をこれ以上長引かせるわけにはいきません」(安倍)と、政治決断した理由を指摘します。

 そして、「訴訟への参加、不参加を問わず、全国の患者・元患者是認を対象とした新たな補償を立法措置により講ずる(小泉)」、「訴訟への参加、不参加を問わず、家族を対象とした新たな補償の措置を講ずる」(安倍)と結びます。

 このように小泉談話の骨格をほぼ踏襲しつつ、極めて実務的にそぎ落とした談話にしたのが安倍談話といえるでしょう。
 原告に寄り添う気持ちや独自のフレーズが足りないとみるか、実務的に必要十分でコンパクトに良くまとまっているとみるか、意見は分かれるかもしれません。

 家族訴訟の原告は総理との早期面談を求めており、少なくとも早期面談実現が求められています。

 ハンセン病問題の早期かつ全面的解決に向けての内閣総理大臣談話(平成13年5月25日)

 去る5月11日の熊本地方裁判所におけるハンセン病国家賠償請求訴訟について、私は、ハンセン病対策の歴史と、患者・元患者の皆さんが強いられてきた幾多の苦痛と苦難に思いを致し、極めて異例の判断ではありますが、敢えて控訴を行わない旨の決定をいたしました。

 今回の判断にあたって、私は、内閣総理大臣として、また現代に生きる一人の人間として、長い歴史の中で患者・元患者の皆さんが経験してきた様々な苦しみにどのように応えていくことができるのか、名誉回復をどのようにして実現できるのか、真剣に考えてまいりました。

 わが国においてかつて採られたハンセン病患者に対する施設入所政策が、多くの患者の人権に対する大きな制限、制約となったこと、また、一般社会において極めて厳しい偏見、差別が存在してきた事実を深刻に受け止め、患者・元患者が強いられてきた苦痛と苦難に対し、政府として深く反省し、率直にお詫びを申し上げるとともに、多くの苦しみと無念の中で亡くなられた方々に哀悼の念を捧げるものです。

 今回の判決は、ハンセン病問題の重要性を改めて国民に明らかにし、その解決を促した点において高く評価できるものですが、他方で本判決には、国会議員の立法活動に関する判断や民法の解釈など、国政の基本的なあり方にかかわるいくつかの重大な法律上の問題点があり、本来であれば、政府としては、控訴の手続きを採り、これらの問題点について上級審の判断を仰ぐこととせざるを得ないところです。

 しかしながら、ハンセン病訴訟は、本件以外にも東京・岡山など多数の訴訟が提起されています。また、全国には数千人に及ぶ訴訟を提起していない患者・元患者の方々もおられます。さらに患者・元患者の方々は既に高齢になっておられます。
 こういったことを総合的に考え、ハンセン病問題については、できる限り早期に、そして全面的な解決を図ることが、今最も必要なことであると判断するに至りました。

 このようなことから、政府としては、本判決の法律上の問題点について政府の立場を明らかにする政府声明を発表し、本判決についての控訴は行わず、本件原告の方々のみならず、また各地の訴訟への参加・不参加を問わず、全国の患者・元患者の方々全員を対象とした、以下のような統一的な対応を行うことにより、ハンセン病問題の早期かつ全面的な解決を図ることといたしました。

 (1) 今回の判決の認容額を基準として、訴訟への参加・不参加を問わず、全国の患者・元患者全員を対象とした新たな補償を立法措置により講じることとし、このための検討を早急に開始する。

 (2) 名誉回復及び福祉増進のために可能な限りの措置を講ずる。具体的には、患者・元患者から要望のある退所者給与金(年金)の創設、ハンセン病資料館の充実、名誉回復のための啓発事業などの施策の実現について早急に検討を進める。

 (3) 患者・元患者の抱えている様々な問題について話し合い、問題の解決を図るための患者・元患者と厚生労働省との間の協議の場を設ける。

 らい予防法が廃止されて五年が経過していますが、過去の歴史は消えるものではありません。また、患者・元患者の方々の失われた時間も取り戻すことができるものではありませんが、政府としては、ハンセン病問題の解決に向けて全力を尽くす決意であることを、ここで改めて表明いたします。
 同時にハンセン病問題を解決していくためには、政府の取組はもとより、国民一人一人がこの問題を真剣に受け止め、過去の歴史に目を向け、将来に向けて努力をしていくことが必要です。
 私は、今回の判決を契機に、ハンセン病問題に関する国民の理解が一層深まることを切に希望いたします。

◆政府声明

 ちなみに、今回の政府声明、そして小泉政府の政府声明はそれぞれ以下の通りです。
 枕詞をそのまま利用し、法務省側の問題とする点を列挙する形式になっています。

 他の訴訟への波及を最小限にしようとする配慮に基づく政治的技術、とでもいえるでしょう。

政府声明(令和元年7月12日)

政府は、令和元年6月28日の熊本地方裁判所におけるハンセン病家族国家賠償請求訴訟判決(以下「本判決」という。)に対しては、控訴しないという異例の判断をしましたが、この際、本判決には、次のような国家賠償法、民法の解釈の根幹に関わる法律上の問題点があることを当事者である政府の立場として明らかにするものです。

1 厚生大臣(厚生労働大臣)、法務大臣及び文部大臣(文部科学大臣)の責任について
(1) 熊本地方裁判所平成13年5月11日判決は、厚生大臣の偏見差別を除去する措置を講じる等の義務違反の違法は、平成8年のらい予防法廃止時をもって終了すると判示しており、本判決の各大臣に偏見差別を除去する措置を講じる義務があるとした時期は、これと齟齬しているため、受け入れることができません。
(2) 偏見差別除去のためにいかなる方策を採るかについては、患者・元患者やその家族の実情に応じて柔軟に対応すべきものであることから、行政庁に政策的裁量が認められていますが、それを極端に狭く捉えており、適切な行政の執行に支障を来すことになります。また、人権啓発及び教育については、公益上の見地に立って行われるものであり、個々人との関係で国家賠償法の法的義務を負うものではありません。

2 国会議員の責任について
 国会議員の立法不作為が国家賠償法上違法となるのは、法律の規定又は立法不作為が、憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制限するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などに限られます(最高裁判所平成27年12月16日大法廷判決等)。本判決は、前記判例に該当するとまではいえないにもかかわらず、らい予防法の隔離規定を廃止しなかった国会議員の立法不作為を違法としております。このような判断は、前記判例に反し、司法が法令の違憲審査権を超えて国会議員の活動を過度に制約することとなり、国家賠償法の解釈として認めることができません。

3 消滅時効について
 民法第724条前段は、損害賠償請求権の消滅時効の起算点を、被害者が損害及び加害者を知った時としていますが、本判決では、特定の判決があった後に弁護士から指摘を受けて初めて、消滅時効の進行が開始するとしております。かかる解釈は、民法の消滅時効制度の趣旨及び判例(最高裁判所昭和57年10月15日第二小法廷判決等)に反するものであり、国民の権利・義務関係への影響が余りに大きく、法律論としてはこれをゆるがせにすることができません。

 政府声明(平成13年5月25日)
 
 政府は、平成13年5月11日の熊本地方裁判所ハンセン病国家賠償請求訴訟判決に対しては、控訴断念という極めて異例の判断をしましたが、この際、本判決には、次のような国家賠償法、民法の解釈の根幹にかかわる法律上の問題点があることを当事者である政府の立場として明らかにするものです。

 1 立法行為については、国会議員は国民全体に対する政治的責任を負うにとどまり、国会議員が個別の国民の権利に対応した関係での法的責任を負うのは、「立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合」(最高裁判所昭和60年11月21日第一小法廷判決)、すなわち故意に憲法に違反し国民の権利を侵害する場合に限られます。これに対して、本判決は、故意がない国会議員の不作為に対して、法的責任を広く認めております。このような判断は、司法が法令の違憲審査権を超えて国会議員の活動を過度に制約することとなり、前記判例に反しますので、国家賠償法の解釈として到底認めることができません。

 2 民法第724条後段は、損害賠償請求権は20年を経過することにより消滅する旨規定していますが、本判決では、結果的に40年間にわたる損害の賠償を認めるものとなっております。この点については、本件の患者・元患者の苦しみを十分汲み取って考えなければならないものではありますが、そのような結論を認めれば、民法の規定に反し、国民の権利・義務関係への影響があまりに大きく、法律論としてはこれをゆるがせにすることができません。

◆安倍首相の政治決断と談話の評価

 今回の安倍総理の控訴断念という政治決断が、参議院選挙中だったこともあり、「選挙対策」「パフォーマンス」などという指摘もされています。
 例えば、朝日新聞が朝刊一面で「控訴へ」とうった当日朝7時のNHKニュースでは「控訴断念へ」と報道されたことも話題になりました。

 熊本地裁判決日が参議院選挙中になったのは偶然ですし、選挙中であっても解決できない集団訴訟は多数あります。

 ちなみにハンセン病家族訴訟の判決日は当初「5月31日」が予定されていましたが、裁判所の都合により(おそらく判決作成が遅れた)「6月28日」に延期されていました。判決が延期された時点では、当然ながら参議院選挙の日程は決まっていませんでした。

 また薬害C型肝炎訴訟においても、5地裁判決のたびに全国弁護団が控訴断念を働きかけましたが、ハンセン病訴訟の2つの裁判のように控訴断念まで勝ち取ることはできませんでした。
 例えば2007年7月31日の名古屋地裁判決は、原告らの全面勝訴に近い内容でした。直前の7月29日に参議院選挙があり、民主党(当時)が勝利して「ねじれ国会」を迎えていましたが、控訴断念を勝ち取ることはできなかったのです。

 やはり100年以上にわたるハンセン病問題の根深さ、全面解決を許容するこれまでの様々な方面からの積み重ね(らい予防法の廃止、2001年の全面勝訴・控訴断念、各メディアによる途切れない報道、法教育における実践、隔離法廷について最高裁の検証・謝罪等)もあり、家族訴訟の解決タイミングが、運とともにピタリと時流にマッチしたというべきなのでしょう。

 もっとも安倍首相の動機の中に選挙期間ということが一つの要素だったことは間違いのないことと思われます。

 今後、原告らの意見を反映させた補償法を速やかに成立させ、家族・元家族への偏見・差別の解消を図る政策を立案・実現し、ハンセン病問題の社会における理解をさらに押し進めていくこと。
 これこそが安倍総理・政府に求められていることであり、「選挙対策」「パフォーマンス」と言われないためには、「選挙後の真摯な対応」こそが評価の対象になってくると思います。

 熊本地裁判決の控訴見送りに伴う安倍晋三首相談話を受け、ハンセン病元患者家族訴訟の原告らは12日午後、東京都内で記者会見した。家族らは「国の謝罪は心にしみた」と話す一方、具体的な救済策や首相との面会の早期実現を求めた。

 原告団長の林力さん(94)=福岡市=は「談話はハンセン病問題の解決への一つの手掛かり」と評価。「偏見を放置した国は、啓発活動にも力を入れてほしい」と求めた・・・

 ・・・弁護団の徳田靖之共同代表は「談話はわれわれの思いを正面から真摯(しんし)に受け止めたもので高く評価できるが、まだ一歩にすぎない」と述べた上で、熊本地裁で敗訴した20人を含む全家族への一律補償を求めた(2019年7月12日付時事通信)

◆関連サイト

・ 古賀克重法律事務所「ハンセン病家族訴訟とは

・ 古賀克重法律事務所ブログ「ハンセン病家族訴訟、熊本地裁が国の責任を認める初判決

・ 古賀克重法律事務所ブログ「ハンセン病患者の特別法廷、最高裁が異例の謝罪も憲法違反は認めず

・ 古賀克重法律事務所「ハンセン病国賠訴訟とは

・ 厚生労働省「ハンセン病に関する情報ページ

・ 首相官邸サイト「ハンセン病家族国家賠償請求訴訟の判決受入れに当たっての内閣総理大臣談話及び政府声明について

・ ハンセン病家族訴訟弁護団サイト

投稿者プロフィール

弁護士 古賀克重
弁護士 古賀克重弁護士
弁護士古賀克重です。1995年に弁護士登録以来、患者側として医療過誤を取り扱っています。薬害C型肝炎訴訟の弁護団事務局長として2008年の全面解決を勝ち取りました。交通事故も幅広く手掛けており、取扱った裁判が多数の判例集で紹介されています。ブログではその主たる取扱い分野である医療過誤・交通事故について、有益な情報を提供しています。

弁護士 古賀克重

弁護士古賀克重です。1995年に弁護士登録以来、患者側として医療過誤を取り扱っています。薬害C型肝炎訴訟の弁護団事務局長として2008年の全面解決を勝ち取りました。交通事故も幅広く手掛けており、取扱った裁判が多数の判例集で紹介されています。ブログではその主たる取扱い分野である医療過誤・交通事故について、有益な情報を提供しています。