弁護士費用特約の弁護士報酬が争点となった裁判例、自保ジャーナル2074号
目次
自保ジャーナル2074号
弁護士費用特約の弁護士報酬額が争点となった珍しい裁判を紹介します。
私が保険会社から依頼を受けて被告代理人として対応し、福岡地裁、続く福岡高裁でも各勝訴判決を得ました。相手が最高裁に上告しましたが、上告不受理で確定しました。
自保ジャーナル2074号143頁でも紹介されていましたが、その後、関連する紛争も全て解決しましたので改めてご紹介します。
なお判例集では代理人弁護士名は実名が基本ですが、本件は事案に鑑みて相手方弁護士の名前は匿名表記になっています。
事案の概要
弁護士費用特約に基づいて289万5000円の報酬請求された事案において、保険会社が報酬額に同意しないことが不合理でなく、裁量の逸脱に当たらないとして、一審福岡地裁・二審福岡高裁ともに相手方の請求を棄却して、保険会社が勝訴したという事案です。
事案の要旨
保険会社の契約者(相手方)が、無保険のバイクに衝突され受傷し、後遺障害について労災は12級認定、自賠責は14級認定となりました。
しかし、バイク運転手である加害者が無保険であり、かつ、連絡が一切取れなくなりました。
相手方は、加害者を被告として損害賠償請求訴訟を提起しましたが、欠席判決となりました。(2147万4865円の認容判決)。
訴訟提起前から連絡が取れなくなり、また資産もない様子であり欠席判決になることが見込まれていました。
その後、相手方は保険会社に対して、無保険車傷害特約に基づいて保険金請求訴訟を提起しました(訴額2138万8000円)。この訴訟も私が保険会社から依頼を受け対応しました。福岡地裁は、相手方の後遺障害12級主張に対して14級相当と認定し、損害額は既払金を除いて383万3400円と認定。相手方控訴を経て福岡高裁で和解成立しました。
このように、無保険車傷害特約による裁判を通じ、相手方の被害額としては後遺障害14級・383万3400円と認定され、被害について填補されました。
ところが、相手方は保険会社に対して、欠席判決の認容額である2147万円を前提として、弁護士費用特約の枠(300)万円の残額全額である289万5000円の請求を求めて提訴したものです。
争点
保険約款や日弁連のLACの基準( LAC マニュアル)でも欠席判決の場合の報酬額(経済的利益の捉え方)について、明示の記載はありません。
そのため、妥当な報酬額、そして保険会社として請求された報酬額に同意しないことが、裁量の逸脱に当たらないかが争点となったという事案です。
事前に欠席判決が見込まれ、予想通り欠席判決になったにすぎないともいえる弁護士業務について、欠席判決の認容額(2147万4865円)に基づいて弁護士報酬を算定することの妥当性が問われました。
福岡地方裁判所の判断
まず、福岡地方裁判所は、「本件弁護士費用特約が保険会社である被告の同意を要件とした趣旨は、損害賠償請求費用として適正妥当な範囲を確認することで保険金支払の適正を図るためであると解されるから、被告が被保険者の請求する訴訟にかかる弁護士費用について同意を検討するに当たっては、当該訴訟を提起することが被保険者の損害の回復のために必要なものであるのか、必要性はどの程度のものであるかといった実質的利益の有無等が重要な考慮要素となるものであり、当該訴訟の請求額及び認容額を経済的利益として旧日弁連報酬等基準を形式的に当てはめて算定される着手金及び報酬金の範囲内であるか否かというだけで、同意の有無を決すべきであるということはできない」と判断しました。
次に、前件訴訟の必要性について検討をくわえ、「丁山(加害者)に対する)訴訟を提起して認容判決を得ても現実的な回収が見込めない状況にあったことは明らかであり、現に前件訴訟の判決後に丁山から全く支払を受けることができていない」、そして、「原告が丁山に対する前件訴訟において請求を全額認容する判決を得たとしても、その判決の内容は後の被告に対する無保険車傷害特約に基づく保険金請求訴訟に影響するものではないし、前件訴訟において欠席判決を得ることにより、無保険車傷害特約に基づく保険金として認められる金額を超える分についても債務名義を取得できるというメリットがあることは否定できないが、丁山から現実的な回収を図ることが見込めない状況からすると、前件訴訟の必要性及び前件訴訟の判決により原告が受ける実質的利益の程度は低いというべきである」と判断しました。
その上で、福岡地裁は、保険会社が同意できる金額として77万8105円であると回答していたことは、欠席判決の認容額を前提としないものの、不合理であるとは言えないとしました。
さらに、福岡地裁は、自賠責14級認定に対して、保険会社は後遺障害12級として逸失利益及び後遺障害慰謝料を算定し、それを元に旧日弁連報酬等基準に基づいて算定した着手金の額をさらに3割増しにして提案していたものであり、「前件訴訟を提起する必要性の程度及び原告の実質的利益の程度が低いことや、前件訴訟の審理経過からうかがえる原告代理人の訴訟活動等を踏まえると、原告に相当の配慮をした提案であるということができる」として、被告が原告による本件の弁護士費用保険金の請求について同意をしないことが不合理であって裁量の逸脱又は濫用に当たるということはできないとして請求を棄却したものです。
福岡高等裁判所の判断
相手方が控訴しましたが、福岡高等裁判所も、1審判決を支持し、控訴を棄却しました。なお相手方は最高裁判所に上告しましたが上告不受理で確定しています。
福岡高裁は、相手方(控訴人)の「本件においては、甲損保は着手金について77万8105円を提案しており、少なくともこの金額の限度では同意しているとみるべきであって、Xの請求を全部棄却することは明らかに不当である」との主張についても判断しました。
福岡高裁は、「Xが指摘する77万8105円は、Xの代理人弁護士と甲損保の担当者が交渉する過程において、早期解決等の観点から、甲損保の担当者が行った提案の1つにすぎず、これをもって甲損保の約款上の同意とみることはできない。現に甲損保代理人は、X代理人に対し、示談において解決が難しい場合は、上記提案を全て撤回する意向を表明している。仮に、このような交渉過程の一提案について、約款上の同意とみなされることになれば、保険会社としては、和解案を提案することについて慎重にならざるを得ず、柔軟な紛争の解決に支障が生じ得るところ、これは被保険者にとっても不利益を及ぼすものというべきである」と判断しました。
ポイント
弁護士費用特約を巡る保険会社と弁護士のトラブルは全国的に増えています。
日弁連も2018年1月、弁護士保険に関するトラブルを迅速かつ公正に解決することを目的として、「弁護士保険ADR」を立ち上げて運用を開始しています。
双方ともに事案によっては、電話だけでなくファックスも含めて何らかの書面を残していくことも必要でしょう(本件でも、相手方弁護士は訴訟提起前に「欠席判決なので弁護士報酬はいらない」と電話で述べていたようです)。
また弁護士の中には弁護士特約の保険会社に対する報告や保険会社からの問合せについて不満を述べる方もいると聞きます。
しかし苦労する事案であればあるほど、その過程や内容について随時、保険会社にも報告しておくと、弁護士報酬を請求して協議する際にも理解が得られやすいと思います(私は顧問である保険会社以外の保険会社の弁護士特約利用の場合にも、積極的に報告するように心がけています)。
逆に保険会社としても弁護士の業務を適正に評価し、誠実に弁護士報酬を算定する必要があります。
本判決も、保険会社担当者が訴訟前の交渉において、後遺障害で譲歩して12級をベースに経済的利益を算定した上、しかもその額を3割増しにして77万円強まで引き上げて同意できる金額として提案していました。裁判所もその姿勢を評価しています。
保険会社が事案に即した弁護士業務を省みずに自らの提案額に固執したような場合には、逆に、保険会社が同意しないことは不合理であり、裁量の逸脱であると認定されることもありえますから、ケースによっては注意が必要になるでしょう。
いずれにしろ弁護士費用特約で支払われる弁護士報酬も、いわばドライバーの納める保険料から支払われるもの。
弁護士業務に見合った適正額を算定・請求する必要があることを改めて指摘する裁判例と言えるでしょう。
自保ジャーナルに掲載されたその他の取扱い事件
・「担当した交通事故訴訟判決の解説、自保ジャーナル2070号96頁」
・「追突事故で後遺障害を負ったと主張され後遺障害・休業損害を否認した判決、自保ジャーナル2076号」
関連サイト
・「弁護士費用保険について(日本弁護士連合会)」
・「弁護士費用保険(東京弁護士会)」
・「弁護士費用保険について(福岡県弁護士会)」