免許返納後に寺敷地内で運転し死亡事故を起こした福岡の82歳男性を逮捕、無免許運転には?
目次
免許返納後に福岡市内の寺敷地で運転し死亡事故
運転免許証を返納した後にもかかわらず、82歳の男性が、福岡市博多区所在の寺敷地で自動車を運転し、女性に衝突して死亡させる交通事故が発生しました。
男性は数年前に自ら運転免許証を返納し、事故の日も、妻の運転する車で寺に来ていました。ところが寺の敷地内で自動車を運転してしまったもの。被害者の女性も高齢者で(81歳)、墓参りでお寺に来ていました。
運転免許証返納後に軽乗用車を運転し、福岡市博多区にある寺の敷地で無職女性(81)をはねたとして、福岡県警は5日、自動車運転処罰法違反(過失傷害)の疑いで自称パート小畠教弘容疑者(82)=同市東区=を現行犯逮捕した。女性は搬送先の病院で死亡。県警は容疑を同法違反(過失致死)に切り替え、経緯などを調べる。
県警によると、小畠容疑者は約2年前に免許を返納。寺までは妻が運転し、その後、自身が車を動かした際に事故が起きたと話している。公道ではないため、無免許運転には当たらないという。
逮捕容疑は5日午前9時45分ごろ、博多区祇園町の寺の敷地で、前方の女性=同市早良区=をはねた疑い。
公道でなければ無免許運転にあたらないか
記事によると「公道ではないため、無免許運転には当たらないという」とされていますが、本当でしょうか。
無免許運転禁止については、道路交通法64条1項が「何人も、・・公安委員会の運転免許を受けないで、自動車又は原動機付自転車を運転してはならない。」と定めています。
同条は「道路において」という文言を用いていません。ですが、「運転」の意義が「道路において、車両又は路面電車をその本来の用い方に従って用いることをいう」と定められています(道路交通法2条1項17号参照)。
したがって、無免許運転禁止規定が働くのは、道路交通法に定める道路(2条1項1号参照)と考えられるのです。
その意味で記事の文脈自体には間違いはありません
しかしながら道路交通法にいう「道路」はいわゆる公道に限るものではなく、その意味においては不正確です。
無免許運転になる「道路」とは
それでは道路交通法上の「道路」とはどのようなものをいうのでしょうか。
道路交通法2条が各概念を定義しています。「道路」については2条1号が以下のように定めています。
一 道路 道路法第2条第1項に規定する道路、道路運送法第2条第8項に規定する自動車道及び一般交通の用に供するその他の場所をいう。
このように「一般交通の用に供するその他の場所」も、無免許運転の対象になる道路交通法上の「道路」とされているわけです。
そして、社会通念上道路と呼ぶにはふさわしくない場所であっても、そこを現実の多数の人車が通行している事実が認められる以上、道路交通法の目的である「安全と円滑」を図るため法による規制を加えなければならないと考えられます。
したがって、私道、林道、里道、作道等ある程度道路としての体裁を備えている場所はもちろん、体裁を整えない広場・公園内の通路、神社仏閣等の境内であっても、要件さえ備われば、「その他の場所」になりうると考えられています(道路交通法解説など)。
本件については「寺の敷地」としか具体的な事情が分かりませんが、神社仏閣内の境内であっても、現実に多数の車が通行している事実があれば、道路交通法の「道路」と認定される余地もある、つまり無免許運転と評価される余地はあるわけです。
なお道交法の解釈と実際の捜査における取り上げ方(立件の罪名)は必ずしも一致するものではありません。捜査機関としては、解釈に争いのない範囲で、謙抑的に捜査することも間違ってはいないと思われます。
道路該当性に関する裁判例
道路交通法の「道路」に該当するか否かの裁判例はかなりあります。
例えば、昭和44年7月11日最高裁は、「たとえ、私有地であっても、不特定の人や車が自由に通行できる状態になっている場所を道路としているから、本件空地のように私有地であっても、道路との境界を区画するものはなく、むしろ道路状をなして何人も自由に通行できる状態になっているものは、道路交通法上の道路と認めるべきである」と判断しています。
東京高裁平成13年6月12日判決は、「本件の交通事故現場は、コンビニエンスストアの来客用駐車場であるが・・・どこからでも出入りが可能であって、同ストアの利用客のみならず、本件周囲の道路を利用すべき車、自転車、歩行者なども多数通行しており・・一般交通の用に供するその他の場所として道路交通法上の道路に当たるということができる」と判断しています。
運転免許返納後の運転
高齢者の運転免許返納は、年齢による動体視力・身体機能の低下、判断力の衰えなどをふまえて自主的に危険を回避するものになります。
本件は、目的地である寺までは家族の運転する車に乗車して来訪したにもかかわらず、寺の敷地内で停車等するために、ついつい車を動かしたものと思われます。
ですが道路交通法上の「道路」にあたる可能性があるだけでなく、そもそも免許を返納した以上、他人の生命・身体・財産に危害・損害を加えないためには、「私有地だから免許なくても運転していい」と安直に考えないことが肝要になるでしょう。
寺参りに来ていた高齢者が死亡するといういたたまれない結果ですが、免許返納した以上、場所を問わずハンドルを握らないという心構えの重要さを示唆する事故になります。
関連サイト
・「運転免許証を返納された高齢者に対する支援サービスの紹介(福岡県)」
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投稿者プロフィール
- 弁護士古賀克重です。1995年に弁護士登録以来、患者側として医療過誤を取り扱っています。薬害C型肝炎訴訟の弁護団事務局長として2008年の全面解決を勝ち取りました。交通事故も幅広く手掛けており、取扱った裁判が多数の判例集で紹介されています。ブログではその主たる取扱い分野である医療過誤・交通事故について、有益な情報を提供しています。