古賀克重法律事務所ブログ

福岡県弁護士会所属弁護士 古賀克重(こが かつしげ)の活動ブログです。

星状神経節ブロック注射後、血腫による気道狭窄を生じ、低酸素脳症による重篤な後遺障害を負ったケースについて、気管切開遅延の過失を認めた裁判例

 東京地方裁判所が、星状神経節ブロック注射後、頸部・縦隔血腫による気道狭窄を生じ、低酸素脳症により重篤な後遺障害を負うに至ったケースについて、担当医師の気管切開の遅延に過失が認め、重篤な後遺障害と損害の因果関係を認めて5800万円余りの損害賠償を命じていますのでご紹介します。

事案の概要

 事案は、顔面神経麻痺の治療のために耳鼻咽喉科に入院した患者(70代女性)が、午前10時15分に、麻酔科の医師から星状神経節ブロックを受けたものです。

 同日14時30分、患者はのどに違和感を覚えて、訪室した看護師に説明しました。
 同日午後6時には頚部に膨張がみられたものの具体的処置は取られませんでした。さらに午後9時に医師が診察した時には息苦しさがあり、血腫が気道を狭窄していることが発見されました。
 午後10時30分、医師は気管挿管を試みて入らなければ気管切開という方針を立てます。
 日がかわった午前0時ころ医師は気管挿管を試みましたが成功せず、午前0時20分ころから2度に渡って筋弛緩剤を投与して経口挿管を試みましたが成功しません。

 午前0時45分から気管切開に切り替え、午前0時55分に気管切開を開始しましたが、患者は心肺停止するなどして、低酸素脳症による重度後遺障害を負ったというものです。

星状神経節ブロック注射とは

 星状神経節ブロック注射(stellate ganglion block:SGB)は、主に頭頸部の慢性疼痛治療として実施される代表的な交感神経ブロックです。

 その性質上、重篤な副作用や致死的な合併症を引き起こす可能性があると指摘されています。
 中でも一定時間を経て症状の発現をみるクインケ浮腫や頸部縦隔血腫においては、医療機関の対応遅れによって致命的な状況を引き起こします。

 このような合併症の危険に鑑みて、ブロック注射後において、少なくとも30分程度は意識の有無はもとより、呼吸・血圧・脈拍・体温などバイタルサインを頻回にチェックするとともに、万が一異常が発生した場合には、直ちに必要な緊急措置を取ることが求められています。
 その前提として緊急時の連絡網を整備しておき、受け入れ体制を確立することも不可欠と指摘されています。
 そして施行前には、患者に対して、合併症をきたす可能性、 その発症時の対処についての十分な説明を行って同意を得ることも当然ながら求められることになります。

 なお安全性を高めるため近年は 超音波エコーガイド下のSGB(US-SGB)が実施されています。

争点に対する裁判所の判断

 本件は緊急措置の対応について争われた事案ということになります。

 東京地裁は、星状神経節ブロック注射の手技上の過失・午後7時10分までに気道確保に備えるべき過失・午後10時30分の時点で直ちに気道確保の処置を取るべきだった過失はいずれも否定しましたが、午前0時20分以降なるべく速やかに気道切開による気道確保を行うべき過失があったと判断したものです。

本件では当初から挿管が困難である可能性が予測されたこと、経鼻挿管の経過、経口挿管操作に伴う危険性、気管切開にあまり困難がない状況であったことを考慮すれば、担当医師らは、基本的には、気管挿管に固執せずに気管切開に切り替えるという姿勢で検討すべきであったといえる(鑑定人)。

そして、上記のような経過に照らすと、原告の体動・反射が強く歯を食いしばるなどして経口挿管に失敗した時点で、担当医師らは、原告の開口の維持が困難で開口不能に近い状況、すなわち気管挿管が不可能に近い状況にあったと評価することができ、この時点で経口挿管による挿管操作が成功する見込みは著しく低いと判断することができたというべきである。したがって、この時点で気管切開に移行することを考慮すべきであった

 この判決は、その他にカンファレンス鑑定(3名の医師を鑑定人に指定して、鑑定人がそれぞれ簡潔な意見書を提出した上、法廷において口頭で鑑定意見を述べるという口頭複数鑑定)を行った点も特徴的です。

担当した星状神経節ブロックによる合併症事案

 星状神経節ブロック注射は交通事故などでも比較的よく行われていますが、重篤な副作用が出ることもあるため、患者・家族からの医療相談も少なくありません。

 私が患者・家族から依頼を受けたケースは、星状神経節ブロック注射後、バイタルチェックもしないまま退室し、看護師に対する経過観察の指示も行われなかったところ、注射後、定時検温のために来室した看護師がたまたま心肺停止状態にある患者を発見し、直ちに救急蘇生術を行って心肺再開には至ったものの、植物状態が継続したケースでした。

 このケースについては示談に至らなかったため、その後、福岡地方裁判所に提訴して、経過観察義務違反のみならず手技上の過失も争いました。

 担当医師に対する証拠調べ(尋問)の結果、鑑定は行うことなく、裁判所の和解勧告に基づいて勝訴的和解が成立しました。

投稿者プロフィール

弁護士 古賀克重
弁護士 古賀克重弁護士
弁護士古賀克重です。1995年に弁護士登録以来、患者側として医療過誤を取り扱っています。薬害C型肝炎訴訟の弁護団事務局長として2008年の全面解決を勝ち取りました。交通事故も幅広く手掛けており、取扱った裁判が多数の判例集で紹介されています。ブログではその主たる取扱い分野である医療過誤・交通事故について、有益な情報を提供しています。

弁護士 古賀克重

弁護士古賀克重です。1995年に弁護士登録以来、患者側として医療過誤を取り扱っています。薬害C型肝炎訴訟の弁護団事務局長として2008年の全面解決を勝ち取りました。交通事故も幅広く手掛けており、取扱った裁判が多数の判例集で紹介されています。ブログではその主たる取扱い分野である医療過誤・交通事故について、有益な情報を提供しています。