人身傷害保険金を支払った損害保険会社が損害賠償請求権を代位取得する範囲は、支払った人傷保険金の額と素因減額後の損害額のうちいずれか少ない額を限度とするとした最高裁令和7年7月4日判決
目次
事案の概要
本件事故は、原告X2が、車両(原告X1が登録使用者)を運転中、低速で進入しようとした駐車場(被告Y会社が所有管理)路面の陥没に右車輪が入り込んだため、運転していた車両が損傷するとともに、原告X2が腰椎椎間板ヘルニア等の傷害を負ったものです。
事故後、X2は、加入していた原告損害保険会社(アクサ損害保険株式会社)から人身傷害保険金666万3789円の支払いを受けました(X2は、別途Yからも80万円の支払いを受けており、既払い金の合計は746万3789円)。
その後、X1が車両損害の支払いを、X2が既払い金及び受領済みの人身傷害保険金を控除した約5426万の支払いを、原告保険会社が人身傷害保険金の求償として666万3789円の支払いを、被告Y会社に対してそれぞれ求めた訴訟です(一審仙台地裁、原審仙台高裁)。
一審と原審の判断
一審の仙台地裁令和4年4月21日判決は、後遺障害を否認し、素因減額も認めず、過失相殺前の損害額としては285万2338円と認定していました。
これに対して、原審の仙台高裁令和5年6月13日判決は、局部に頑固な神経症状を残すものとして後遺障害12級13号に該当すると判断した上、3割の素因減額を認めました(過失相殺前の損害額としては941万2961円。素因減額後の額としては658万9073円)。
なお駐車場に進入する際に、路面の陥没に右車輪を入り込ませたX2の過失としては、一審・原審ともに2割(道路陥没の発見が遅れた過失)と認定してます。
論点
このように原審が素因減額を認めたことから、人身傷害保険金を支払っていた損害保険会社が、被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得する範囲(損保会社の求償訴訟における認定額)が論点になったものです。
なお周知の通り、過失相殺がされる場合の代位範囲については、既に最高裁判決があり、本件もそれを前提にしています。
既払いの人傷保険金は、過失相殺される場合にはまず過失相殺部分の填補にあてられますが、素因減額される場合にも、素因減額部分の填補にあてられるか否かが争点になったわけです。

最高裁の判断
最高裁判所令和7年7月4日判決は、原審の判断は正当として是認することができるとして、上告を棄却しました。
すなわち、被害者のいわゆる素因減額が相当である事案において、人身傷害保険を支払った保険会社が、被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得する範囲としては、支払った人身傷害保険金額と素因減額した後の損害額のうちいずれか少ない額を限度とすると判断したものです(自保ジャーナル2191号1頁、判例タイムズ1537号27頁)。
最高裁は以下のように判示してます。
「本件約款中の人身傷害条項には、被保険者が自動車の運行に起因する事故等に該当する急激かつ偶然な外来の事故により傷害を被った時に既に存在していた身体の障害又は疾病(既存の身体の障害又は疾病)の影響により、上記傷害が重大となった場合には、訴外保険会社は、その影響がなかったときに相当する金額を支払う旨の定め(本件限定支払条項)が置かれている。」
「これは、人身傷害保険金は上記事故により被保険者が身体に傷害を被ることによって被保険者等に生じた損害の填補を目的として支払われるものであることから、上記の場合には、訴外保険会社は、その影響の度合いに応じて保険金の一部を減額して支払うものとすることにより、既存の身体の障害又は疾病による影響に係る部分を保険による損害填補の対象から除外する趣旨を明らかにしたものと解される。」
「そうすると、上記人身傷害条項に基づき支払われる人身傷害保険金は、被保険者の既存の身体の障害又は疾病による影響に係る部分を除いた損害を填補する趣旨・目的の下で支払われるものであるということができる。」
「したがって、上記人身傷害条項の被保険者である被害者に対する加害行為と加害行為前から存在していた被害者の疾患とが共に原因となって損害が発生した事案について、裁判所が、損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、上記疾患をしんしゃくし、その額を減額する場合において、上記疾患が本件限定支払条項にいう既存の身体の障害又は疾病に当たるときは、被害者に支払われた人身傷害保険金は、上記疾患による影響に係る部分を除いた損害を填補するものと解すべきである。」
「以上によれば、上記の場合において、上記疾患が本件限定支払条項にいう既存の身体の障害又は疾病に当たるときは、被害者に対して人身傷害保険金を支払った訴外保険会社は、支払った人身傷害保険金の額と上記の減額した後の損害額のうちいずれか少ない額を限度として被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得すると解するのが相当である」
ポイント
素因減額はいわゆる損害額の認定の論点であるのに対して、過失相殺は、その損害額を加害者・被害者間でいかに公平に分担させるかという別の論点です。
この点、林道晴裁判官の補足意見が本件論点を端的に指摘しているといえます。
「素因減額は、基本的には、被害者に対する加害行為と加害行為前から存在していた被害者の疾患とが共に原因となった場合における損害額の発生そのものに係る局面の問題であり、発生した損害額について公平な分担のための調整を図る過失相殺の問題とは局面が異なるのである。したがって、所論のいうように、素因減額がされる場合を過失相殺がされる場合と同様に解すべきであるということはできない」
そして、各保険会社の約款では本件の保険会社と同様の規定が設けられています。また実務の趨勢としても、原審・最高裁と同様の運用がされていたと思われます。
本判決は、最高裁が初めてその見解を明らかにした点に意義があるといえるでしょう。
なお本最高裁の判断は、損害保険会社が人身傷害保険を支払うに際して、素因減額をしていたか(限定支払条項を適用したか)を問いません。
この点、人傷社が素因減額の影響がないと判断して人傷保険金を支払っていた場合には、その後の訴訟で素因減額が認められたときは、人傷保険金はまず素因減額部分の填補にあてられるという見解がありました。またこの見解に立つ裁判例(広島高裁令和3年1月29日判決)もありました。
最高裁は、「このことは、訴外保険会社が人身傷害保険金の支払に際し、本件限定支払条項に基づく減額をしたか否かによって左右されるものではない」と明言しています。
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