医薬品の添付文書に従わなかったことについて合理的理由があるとされた事案
抗がん剤(パクリタキセル)の投与後に発疹が生じたものの、発疹が消失した後に再投与したところ、直後に患者がアナフィラキシーショックを発症して死亡した場合、医療機関には法的責任があるでしょうか。
子宮体がん患者の遺族は、パクリタキセルに対する過敏症の既往歴がある患者に対する再投与は、添付文書において禁忌とされているから、再投与を回避すべきであった等と主張しました。
パクリタキセルは、卵巣癌、非小細胞肺癌、乳癌、胃癌、子宮体癌、再発又は遠隔転移を有する頭頸部癌、再発又は遠隔転移を有する食道癌、血管肉腫、進行又は再発の子宮頸癌に対する効能・効果があります。
一方で、重大な副作用として、ショック、アナフィラキシー様症状があります。
添付文書は、「ショック、アナフィラキシー様症状を起こすことがあるので観察を十分に行い、呼吸困難、胸痛、低血圧、頻脈、徐脈、潮紅、血管浮腫、発汗等の異常が認められた場合には投与を中止し、適切な処置を行うこと」としています。
その上で、以下のような警告もなされています。
本剤の骨髄抑制に起因したと考えられる死亡例(敗血症、脳出血)あるいは高度の過敏反応に起因したと考えられる死亡例が認められている。骨髄抑制等の重篤な副作用が起こることがあるので、頻回に臨床検査(血液検査、肝機能検査、腎機能検査等)を行うなど、患者の状態を十分に観察すること。
本剤による重篤な過敏症状の発現を防止するため、本剤投与前に必ず前投薬を行うこと[〈用法・用量に関連する使用上の注意〉の項参照]。また、前投薬を実施した患者においても死亡例が報告されているので、患者の状態に十分に注意し、重篤な過敏症状が発現した場合は、本剤の投与を直ちに中止し、適切な処置を行うこと。
なお、重篤な過敏症状が発現した症例には、本剤を再投与しないこと。
患者に生じた発疹は「パクリタキセルの投与後1週間以上経過してから生じたものであり、皮膚科医師も、パクリタキセルが原因ではないとの除外診断まではしなかったものの、湿疹であり、再投与が可能であると診断し、パクリタキセル投与を回避すべきような重症薬疹とは考えず、再投与は問題ないと判断していました。
大阪地裁平成25年2月27日判決は、上記の医師の判断は当時の医学的知見からすると相応の根拠があったこと、発症した湿疹も重篤な過敏症状ではなかったこと、遅延して過敏反応が生じた場合を想定して、生命・身体への危険を回避すべきという文献はないこと等から、医師の過失を推定できないと結論づけました。
最高裁平成8年1月23日判決は、医師が医薬品を使用するに当たってその添付文書に記載された使用上の注意に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことについて特段の合理的な理由がない限り、当該医師の過失が推定されると判断しており、現在の医療過誤訴訟における基本的な枠組みの一つになっています。
本判決も最高裁判決の枠組みにたった上で、「特段の合理的理由」があったものとした事例判決になります(なお患者遺族は控訴しています)。
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投稿者プロフィール

- 弁護士
- 弁護士古賀克重です。1995年に弁護士登録以来、患者側として医療過誤を取り扱っています。薬害C型肝炎訴訟の弁護団事務局長として2008年の全面解決を勝ち取りました。交通事故も幅広く手掛けており、取扱った裁判が多数の判例集で紹介されています。ブログではその主たる取扱い分野である医療過誤・交通事故について、有益な情報を提供しています。
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