薬害肝炎九州原告団が2018年総会を開催、15年の活動を振り返りつつ思いも新たに
目次
◆解決10周年を迎えた九州原告団総会を開催
裁判から15年、裁判解決から10年目を迎えた2018年3月、薬害肝炎九州原告団弁護団は、総会を福岡県宗像市で開催しました。
総会は年に一度開催しており、春の全国原告会議で協議する事項について事前に検討するとともに役員について選任するものです。
九州原告団はその名の通り、九州・沖縄・山口の原告が参加しています。2003年4月に初提訴して以来、現在に至るまで追加提訴を続けており、現在、原告団数は376名になっています。
九州原告団総会は各県持ち回りで開催してきましたが、今回は一巡して福岡開催となったものです。
◆専門医の医療講演会「C型肝炎治療の現状と課題」
原告団総会に合わせて毎年、肝臓専門医をお招きした医療講演会も実施しています。
記念すべき10周年の今年は、患者からの信頼も厚い九州医療センター消化器内科の福泉公仁隆先生にお願いしました。
福泉先生からは「C型肝炎治療の到達点と課題」と題して非常にわかりやすい講演をして頂きました。講演後には活発な質疑応答もありました。
福泉先生は年々進展するインターフェロンフリー(DAA治療)の長所・短所、実際の臨床経験について解説した上、以下のように今後の課題を整理しました。
「C型肝炎に対するDAA治療によって95パーセント以上のウイルス排除できるようになったが、排除後も発がんの可能性があるので定期的な経過観察が重要になる」
「治療不成功後に高度な薬剤耐性を獲得した症例に関する再治療法の開発が課題である」
「非代償性肝硬変症例については、抗ウイルス療法の適応外であるが、適応拡大のための開発治験が進行していて期待したい」
そして福泉先生は「まだまだ自分が肝炎だということさえ知らない人が多いので回りの方に声をかけてください」と締めくくりました。
◆山口原告団代表の活動を慰労して
医療講演終了後は、第2部として九州原告団総会を開催しました。
6期・12年間にわたって全国原告団代表を務めてきて薬害肝炎活動をリードしてきた山口美智子さん。
山口さんが、全国原告団で作成した「10周年記念誌」に言及しながら原告団活動を振り返りました。
これまで一人で重責を担い続けてきた山口美智子さんに対して、感謝の大きな拍手が会場から送られました。
また10周年記念集会を取材したRKB大村記者による特集報道も流されました。
原告の昔の映像が流れるたびに、「若いね~」などと原告自ら突っ込みを入れて笑いが起きます。
福岡地裁の裁判所前集会、厚生労働省前での座り込み、国会議員への要請行動、解決直前の銀座での街宣活動・・・それぞれが当時を思い出しながら15年の歩みを振り返ることができました。
「突然に総理が表明せし、『議員立法』遠き一筋の光のごとし」。これは、20017年12月23日、当時の福田総理が官邸でのぶら下がり会見で「全員一律救済」の意向を表明した映像をみたときの心境を詠いました。
「2008年1月15日、議員立法により薬害肝炎救済法が成立し、肝炎対策を推し進める突破口となり、肝炎の全面解決への土台ができたと感じました。
「しかし、この法案の成立は過程にすぎず、課題は山積みでしたが、この10年間、私たちは薬害肝炎訴訟の意義を認識し、着実に足跡を刻んでまいりました。長い間、活動を続けることができたのは、裁判当初から、法的責任を認めさせること以外にも、3つの目標『薬害肝炎被害者の救済』、『350万人のウイルス性肝炎患者のための恒久対策の実現』、『薬害の再発防止』)を持っていたからだと思います」
「国と薬害肝炎原告団弁護団との基本合意書の一文には、『国は、さらに、今回の事件の反省を踏まえ、命の尊さを再認識し、薬害ないし医薬品による健康被害の再発防止に最善かつ最大の努力を行うことを誓う』と。
「そして最終提言にも、薬害を二度と発生させないために、真に実行性のある医薬品行政の監視・評価組織の設立を求める文言が盛り込まれてから8年が過ぎました。残念ながらこの間にも次々と薬害が生まれています。もう待てません、薬害再発防止のための第三者組織の設置を」(10周年集会での山口さん挨拶より)
八尋光秀薬害肝炎九州弁護団代表からも「10年間の弁護団活動報告」について振り返りがありました。
「2002年の冬に弁護団が説明会を開催した。一番前の席に強い意思の感じられるまなざしで座っている女性が一人いた。その方が山口美智子さんだった。当時はまだインターフェロン治療も副作用が強かったし、C型肝炎は死に至る病気として、差別と偏見を助長するような社会だった」
「2002年10月にまず東京・大阪が提訴し、続いて2003年4月に山口さんを含む10人の原告が福岡地裁に提訴した。結審や判決時期はずれたが、当初から統一した解決を求めていった。そして2007年9月に最後の仙台判決が出てから4か月で全面解決した。その意味で非常に速いテンポの解決だったと思う」
「私たちは国の責任・企業の責任の下に解決を約束させた。つまり永久に法的責任を果たすべきという約束をさせた。そのうえですべての患者の治療体制整備、そして薬害の再発防止を求めてきた」
「しかし肝炎をめぐる問題は山を越したと思うと、次に新しい山がくる。とりわけ第三者組織を作って薬害防止をしていく課題が8年間とまっている。それは日本の社会全体の問題といえる。社会システムを検証して新たに構築していくという文化が日本にはないからだ。それを頭にいれた息の長い活動が必要になってくる」
「また多国籍企業の製薬会社は、ある国で被害を出しても別の国で販売できれば良いと思っている。薬害防止というのは日本だけの問題にとどまらない。製薬会社に対する世界的な監視体制や組織・機構を立ち上げることが必要になってくるのだと思う」
「ヴィクトール・フランクルという精神科医がいる。彼は40代のころに家族とともにアウシュビッツに収容されたが何とか生き延びた。彼はこう言っている。どんな苦境にあってもどんな絶望状況にあっても、自分の人生の意味付けをするのは自分自身だ。自らの意思をもって自分の人生を意味づけることこそ大事であると」
「薬害被害者が自分の人生をどう意味づけるかは自由であるし、皆さん一人ひとりの問題である。これからの社会の中で薬害を防止するため、自分の人生をどう意味づけるのかということにも思いをはせて頂き、それぞれが頑張っていただきたい」
さらに九州弁護団共同代表の浦田秀徳弁護士からは、個別救済について報告がありました。
「全員一律救済という枠組みを国と製薬企業に作らせたが、投与の事実を証明しないと救済されない」
「まだ血液製剤を打たれたことを知らない人が多数いる。その方々に対して情報提供していくのが被害救済の活動の柱になる」
「現在、厚生労働省との作業部会、年に一度の大臣交渉を通じて、厚労省から各病院に働きかけている。例えば、厚労省は、地方厚生局職員も含めて2月から病院調査を実施し、3月末までに回れるところはまわり、最終的には12月までに終えたいということをいっている。5年間の法延長をうけてこれからも被害救済に力を注いでいきたい」
◆各課題の報告
続いて各課題について担当原告から報告がありました。薬害肝炎原告団は各課題について担当原告を決めた上、全国の担当原告と協議しながら活動を続けているものです。
「恒久対策」について原告団代表の出田さんから、「再発防止」について原告団代表の小林さんから、「薬被連と薬害資料館」について手嶋さんから、「10周年集会の準備状況」について樋口さんから、会計についてOさんから報告がありました。
手嶋さんからは、薬害根絶デー・薬害研究資料館・薬害教育に関する検討会について報告いただくとともに、昨年10月15日の19回は福岡で初めて開催された薬害フォーラムについても報告がありました(詳細は末尾の関連記事参照)。
出田さんからは、「恒久対策は年に1回の大臣協議を突破口に様々な課題について要求しているほか、肝炎フォーラムを年10回ほど開催しています」、「この10年間でかなり治療体制が進んできました。なお今年度獲得したものとして、肝がんと重度肝硬変患者に対する治療費助成が開始することになりました。ただし予算も少ないし、条件も厳しいですが、より厚みある制度に発展させていくために活動する予定です」と分かりやすい報告がなされました。
以上の報告を終えて、出田さん・小林さんを次年度以降の九州原告団代表に選任するとともに、他の九州代議員には岡田さん、Wさん、遺族のKさんの5名を選任しました。
◆原告それぞれの近況を語りつつ思いを新たに
今回10年という区切りの総会を迎えて、懐かしい面々に再会できたことも嬉しいことでした。
裁判中に山口さん・出田さん・小林さんらとともに九州原告団、そして全国原告団の中核をになった福田衣里子さんも、子供さんと一緒に久しぶりに参加して皆さんと旧交を温めました。
「子どもも3歳になったので少しずつ原告団会議にも参加できればと」と福田さん。皆から「ぜひ来てね」とかわるがわる声をかけられていました。
また総会の最後には薬害肝炎被害でC型肝炎が進行し、肝移植を行ったAさんご夫婦が挨拶してくれました。
今も2か月に一度の検診は欠かせず、様々な別の疾患も出てきて大変な状況といいます。
それでも「どうしても今日は参加して皆さんの顔が見たかったので夫に無理をいって連れてきてもらいました」ということでした。
福泉先生の講演にもあったように、裁判が開始した2002年ころに比べると飛躍的に治療法が進展したC型肝炎。
それでも既に肝臓がんに進行してしまった患者、薬剤耐性が出るなど難治性でウイルス排除できない患者も少なくありません。そもそもウイルス排除できた患者も一生、定期検査は欠かせず、その不安は一生続くことになります。
提訴から15年、解決から10年という一区切りを迎えた薬害肝炎原告団弁護団の活動ですが、それぞれの向き合い方で今後も地道に活動を続けていく予定です。
◆関連記事
・「薬害肝炎・国との基本合意10周年集会が開催、九州実名原告の訃報とともに第三者組織の実現を誓って」(2018/2/3)
・「薬害C型肝炎九州訴訟そして集団訴訟の現在地、RKB特集報道を通じて考える」(2018/2/16)
・「薬害根絶フォーラム2017、HPVワクチン問題を特集し第三者組織についても意見交換」(2017/10/15)
投稿者プロフィール
- 弁護士古賀克重です。1995年に弁護士登録以来、患者側として医療過誤を取り扱っています。薬害C型肝炎訴訟の弁護団事務局長として2008年の全面解決を勝ち取りました。交通事故も幅広く手掛けており、取扱った裁判が多数の判例集で紹介されています。ブログではその主たる取扱い分野である医療過誤・交通事故について、有益な情報を提供しています。