ハンセン病家族訴訟、熊本地裁が国の責任を認める初判決
目次
◆ ハンセン病家族訴訟とは
ハンセン病家族訴訟とは2016年2月15日、九州・関西在住の59名が被告国に対して損害賠償と全国紙への謝罪広告を求めて開始した裁判です。
その後、同年3月29日にも追加提訴し、最終的には561名の原告団となりました。
ここでいう「家族」とは、父母あるいは同居の親族がハンセン病に罹患したために、ハンセン病に対する偏見・差別のある社会の中で様々な苦労を背負わされた者を言います。
つまり国の90年を越える強制隔離政策・終生隔離政策によって被害を受けたのは患者だけではなくその家族にまで及んだことについて国の法的責任を求める訴訟なのです。
これに対して、被告国はハンセン病隔離政策が家族に対して及ぼした責任を否定して請求棄却を求めていました。
ハンセン病患者・元患者の強制隔離・終生隔離・断種堕胎などの被害については、患者・元患者が1998年に提訴しました。
2001年5月に熊本地裁が勝訴判決を下し、当時の小泉総理が控訴断念して解決しました。
しかし、患者同様に地域で差別を受けたハンセン病元患者自身の被害については未解決のままだったのです。
鳥取地裁判決が2015年9月9日、家族自身の請求について、「国は遅くとも1960年には患者の子供に対する社会の偏見を排除する必要があったのに、相応の措置を取らなかった点で違法だった」と行政側の責任にも言及しつつ、原告の請求自体は棄却しました。鳥取地裁判決はハンセン病原告弁護団が手がけたものではありませんでしたが、この判決を受けて弁護団による検討が本格化して集団提訴に至ったものです。
◆ 熊本地裁が国の責任を認める
25名の原告本人尋問などを経て訴訟は結審し、熊本地裁(遠藤浩太郎裁判官、鹿田あゆみ裁判官、村井佳奈裁判官)は2019年6月28日、被告国の責任を認めて、原告541名に対して、1人あたり33万から143万円(総額3億7675万円)を支払うよう命じました。
内訳としては167名について各143万円、2名について各110万円、59名について各55万円、313名について各33万円の支払いを命じ、20名の請求を棄却しています。
まず熊本地裁は、厚生大臣及び厚生労働大臣は昭和35年以降平成13年末までハンセン病隔離政策等の廃止義務とその義務違反行為の違法性があったと認定しました。
そして、法務大臣、文部大臣及ぶ文部科学大臣についても、平成8年以降平成13年末までそれぞれ相当の措置を行う義務とその義務違反行為の違法性があったと認定しました。
さらに、国会議員についても、平成8年までらい予防法を廃止しなかった立法不作為の違法を認定してます。
その上で熊本地裁は、「隔離政策により、家族が国民から差別を受ける一種の社会構造を形成し、差別被害を発生させた。家族間の交流を阻み、家族関係の形成も阻害させた。原告らは人格形成に必要な最低限度の社会生活を喪失した」と認定したものです。
つまり、原告らが偏見差別を受ける地位に置かれ、また、家族関係の形成を阻害されたとして、憲法13条の保障する人格権侵害及び憲法24条の保障する夫婦婚姻生活の自由の侵害により共通する損害が発生したと判断したものです(判決骨子)。
また損害評価の前提として、原告らが共通した損害が発生したとしていわゆる包括一律請求を行っていることから、熊本地裁は、「可能な範囲で共通性の見いだせるものを包括して慰謝料として賠償の対象とする」、また、「共通の権利侵害、損害が認められる原告らの間では、個々の原告間の被害の程度の差異については、より被害の小さい事例を念頭に置いて控えめに損害額を算定する」と判示しています。
なお、被告国の消滅時効の主張は排斥しました。前述の鳥取地裁平成27年9月9日判決以降の日が消滅時効の起算点と判断しています。
「主文、被告は損害賠償を支払え」-。身じろぎもせず判決に聞き入る原告たち。熊本地裁で国のハンセン病隔離政策による家族の犠牲と国の責任が認められた28日、差別や偏見、元患者である父母らとの悲劇に向き合い続けた原告たちは、勝ち取った歴史的な成果をかみしめながら、「差別や偏見の解消はこれからだ」と前を見据えた。
同地裁には原告や支援者など400人以上が詰め掛け、60の傍聴席が全て埋まった。午後2時、開廷。遠藤浩太郎裁判長(現東京高裁判事)が書いた判決文を代読する佐藤道恵裁判長の声が、廷内の静寂を破った。
言い渡し後、弁護団共同代表の徳田靖之弁護士(75)は目に涙を浮かべ、不安げな表情のままの原告団長、林力さん(94)=福岡市=に歩み寄った。「勝ちましたよ」。一人一人と固く握手を交わし勝訴を伝えた。
地裁正門前にも黒山の人だかり。判決直後に法廷から駆けだしてきた弁護士が「勝訴」の幕を掲げると、炎天下で待ち続けていた支援者らは「やった!」「良かった!」。一斉に歓声を上げ、拍手が湧き起こった。(2019年6月29日付け熊本日々新聞)
◆ 弁護団声明、全面解決への検討を国に求めて
熊本地裁判決を受けて、ハンセン病家族訴訟弁護団は、弁護団声明を公表しました。
原告弁護団は2019年6月30日、岡山弁護士会館にて判決報告集会を開催し、同年7月2日には東京・星稜会館にて判決報告集会を開催するなどして、国に対して早期解決を求めています。
本日、熊本地方裁判所は、ハンセン病であった者の「家族」ら561名が原告となり提起した訴訟において、ハンセン病隔離政策が病歴者本人のみならずその家族らに対しても違法な人権侵害であったことを認める判決を言い渡した。
本判決は、らい予防法及びそれに基づく隔離政策が、病歴者の家族に対しても違法であったとして、厚生大臣及び国会議員の責任を認めたのみならず、らい予防法廃止後にも厚生及び厚生労働大臣、法務大臣、文部及び文部科学大臣に対し、家族に対する差別偏見を除去すべき義務に反した責任を認めた画期的判決である。その一方で、平成14年以降の国の違法行為を認めず、一部の原告の請求を棄却した点は不当と評価せざるを得ない。
しかし、違法行為の終期に関する法的評価にかかわらず、いまだ社会的に無視できない程度のハンセン病患者家族に対する差別被害が残っていることは、裁判所も認めたとおりであり、その解消に国が責任を負うべきことに変わりはない。家族らは、誤った強制隔離政策が実行されていた当時はもちろんのこと、同政策が廃止された後も、その多くが病歴者と切り離され続け、誰にも打ち明けることができず、孤立させられていたために、被害の実態を自ら明らかにし難かった。しかし、国の隔離政策により作出され助長されたハンセン病に対する差別偏見は、患者本人だけでなく、家族らも確実にその渦中に陥れてきたのであり、家族らは、偏見差別をおそれるあまり秘密を抱えて生きることをも強いられ、まさに人生の有り様を変えられてしまう「人生被害」を受けてきた。
本訴訟は、当初59名の原告で始まった第1次提訴後、裁判の存在を知った多くの家族から声が上がり、わずか数カ月で500名を超える原告による第2次提訴となった。この原告数こそ、家族被害の深刻さと現在性、ひいては社会内におけるハンセン病問題が全面解決に至っていないことを如実に示すものである。
国は、本判決を真摯に受け止め、控訴することなく直ちに同判決の内容を履行するとともに、差別・偏見の解消、家族関係の回復に向けて、直ちに我々と協議を開始すべきである。
我々は、ハンセン病問題の真の解決に向けて、なお一層の力を尽くす所存である。本訴訟を支援していただいた市民の方々に、心から御礼を申し上げるとともに、真の全面解決まで、一層のご理解とご支援をお願いする次第である。
◆ 関連サイト・関連情報
「ハンセン病家族訴訟の安倍内閣総理大臣談話・政府声明の評価、小泉総理大臣談話との比較とは」(弁護士古賀克重ブログ)
「ハンセン病家族訴訟とは」(古賀克重法律事務所)
投稿者プロフィール
- 弁護士古賀克重です。1995年に弁護士登録以来、患者側として医療過誤を取り扱っています。薬害C型肝炎訴訟の弁護団事務局長として2008年の全面解決を勝ち取りました。交通事故も幅広く手掛けており、取扱った裁判が多数の判例集で紹介されています。ブログではその主たる取扱い分野である医療過誤・交通事故について、有益な情報を提供しています。